へんなことわざ

三人よれば無責任

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「か~ま~ね~」という言葉があります。

栃木県の方言で、語源は恐らく「構わない」だと思われます。
「自分の知ったことじゃない。関係ない」そんな意味で使いますね。

僕は自分の興味があること以外は、本当にどうでもいいと思ってしまう性格で
明日早起きしなければいけないにも関わらず
ゲームに夢中になって夜更かししたとしても「か~ま~ね~」だし
仕事にどうしても行きたくない日は、サボることに躊躇いがなく
ここでも「か~ま~ね~」という言葉が脳内を駆け巡ります。

それって社会人としてどうなのよ、と突っ込みを入れたくなりますが
そもそも世間体や空気を気にしないので
やはり「か~ま~ね~」となってしまうのです。

その代り、興味、関心のあることに夢中になると
食事はおろか、睡眠さえ削ることになろうとも
そんなことはまったく気にすることなく、とことん集中してやり遂げようとします。

とある芝居を創っていた時
劇作も演出も役者も制作も全部一人でこなさなければいけないという
まったくもってあり得ない状況に陥ったことがありました。

その時は、昼間は仕事、夕方から夜は稽古。
帰宅後、脚本書いて、演出プラン練って、制作業務をこなして
最後に身体を鍛えるために、ビリーズ・ブート・キャンプに入隊して
太陽が東の空を赤く染める頃に、ようやくご就寝という生活をしていました。

約2か月、そんな生活を続けていたものだから
公演が終わればすっかり廃人と化して、ものの見事に心身喪失状態になり
社会復帰するために、相当の時間がかかったことがあります。

これはこれで、自分の身体に対して「か~ま~ね~」ということだったのでしょう。

0か100か、みたいな生き方をしてきたせいか
オンとオフの切り替えが極端過ぎて
片方の僕しか知らない人は、もう片方の僕を見ると
あまりにもギャップが大きすぎてビックリするみたいです。

そんな性格を自分でも持て余しているので
そろそろいい加減にどうにかしたいなあと思っているのですが
長年かけて身についた習性は、長年かけないと修正できないみたいです。

お、習性と修正。

こんな言葉遊びを、昔はよくやっていたんですね。

ま、その話はいいとして。
だから僕みたいな人間が3人も集まると、もはや収拾がつかなくなります。

やる時はやる。やらない時はやらない。

そのバイオリズムが同じならば、それはそれでアクティブに活動できますが
一人でもそのリズムが崩れれると、どどどんと崩壊してしまいます。
まったく団体行動に向いているのか、いないのか。

やれやれ。

いずれにせよ、責任感の所在一つでワタシという人間の行動指針が決まってくる。
そんなお話でした。


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