へんなことわざ

絞首刑になった人のいるところで縄について語るな

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失恋した友人に、この傷を癒す特効薬はないかと尋ねられ
新しい恋を始めることだよ、と答えることしかできない自分が歯がゆかったり。

そんな経験はありませんか?

とはいえ、フラれて落ち込んでいる友人を前にして
いきなり新しい恋の話をするのは、エチケットとしてどうなんだ思うし
状況によっては、あえて傷に触れない方がいい場合もある。

ここで自分の人間としての資質が問われるわけですが
話し上手な人なら、もしかしたら素敵な言葉で励ましたり勇気づけてあげたり
そんなことができるかも知れません。

逆に、聞き上手な人なら、相手の心の痛みを感じることによって
同情ではなく共感し、同じ痛みを分かち合うことができるかも知れません。

さらに突っ込んだ話になると
言葉を交わさず、人肌の温もりで、癒すことができる場合だってあるでしょう。
その場しのぎとはいえ、そういう可能性だってあり得るのです。

いずれにせよ、ありがたいことに、人間には忘却という機能が備わっていますから
時間はかかるかも知れませんが
いつの日か、混乱した心の糸がほぐれる日がやってくるのでご安心を。

余談ですが、「世界の中心で愛を叫ぶ」が話題になったことがありますね。
あの物語こそ、人の記憶と忘却にまつわるあれこれがテーマとなった作品でした。

人間生きていれば、誰だって消すことのできない傷の一つや二つはあります。

僕にだってたくさんあります。
トラウマという言葉でひとくくりにできないほどの傷です。

一人で抱え込むにはあまりにも大きくて
でも誰かに甘えることはできない傷のことです。

けれど、痛みを知った人間は、他人の痛みにも敏感になります。
うんと傷ついて、何度も転んでばかりの人は
その時に差し伸べられた手のひらの大きさと温かさを忘れないからです。

傷をなめ合うという言葉があります。

あまりポジティブなイメージで使わることのない言葉ですが
僕は、そういう生き方もありだろうと思っています。

同情ではなく、共感を。
共感できたら、共鳴を。

それはそれで、一つの愛の形として成立するだろうと思っているのです。

ちなみに「セカチュウ」がブームになった時
天邪鬼の僕は
「助け下さいって叫んだって、誰も助けちゃくれねーよ」と突っ込んでいました。
どんだけ、やさぐれていたんでしょうね。

ちゃんちゃん。


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