へんなことわざ

足元のカメに気づかずイヌを呼ぶ

$こうたろ.com

「生きてるだけで、まるもうけ」とは、某芸人さんの言葉です。

言わんとしていることは分かるし、確かにその通りなんだけど
僕は、そこまで人生達観できずにいて、なおかつ煩悩の塊だから
どうしたって俗っぽい幸せを追い求めてしまいます。

曰く、精神的欲求。
曰く、肉体的欲求。
曰く、物理的欲求。

目に見えて、手で触れることのできる実体としての幸福を望んでしまうのです。

食事を残す子どもに
母親が「世の中には食べられない子どももたくさんいるのよ」と説教しますが
あれって、あんまり意味をなさないと思います。

なぜなら、食事を残す子どもは
世の中の貧しい子どもの姿を想像できないからです。

自分が不幸だと嘆く人は、自分が幸せであることを想像できません。
妄想はできても現実味がないから
結局は自分の中の架空の物語で終わってしまいます。

だから落ち込んでいる人に向かって、ポジティブになろうよという励ましは
かえって逆効果になってしまう場合もあるのです。

安易に答えが欲しいのであれが
新興宗教や占い師にお願いすれば、望む通りの答えが返ってくるでしょう。
そこにすがることが悪いことだとは思いません。
他人に迷惑さえかけなければ、という条件付きですが。

ただし、一時しのぎにはなっても根本的な解決にはつながりません。
むしろ自分は独りじゃないんだという誤解と錯覚に囲まれて
かりそめの安心を手に入れると、人はそこで歩むことを止めてしまいます。

歩むことを止めるということは、想像することを止めるということです。
明日を想像することができない人間が
果たして本当の幸せを掴むことができるでしょうか。

僕たちは、いつだって、目に見えない壁と闘っています。
壁に押しつぶされないように、必死に押し返しています。

その時に感じる反作用こそが、生きている証だと思うのです。
少なくとも、このブログを読んでいるあなたは孤独ではありません。
なぜなら僕とあなたは、今、この時間を共に共有しているから。

独りでいることは決して恥ずかしいことではないのです。
前向きな不安と、本物の孤独と向き合うことさえできれば
きっと、また明日を想像する力を手にすることができるでしょう。

とりあえず僕が明日想像することは
サッカーくじが当たること。

ということで振り出しに戻りました。

ああ、憎い。
己の中の俗物的なモノが憎い。


2 Comments

  1. SECRET: 0
    PASS:
    世俗的欲求と世俗的執着いっぱいあります
    (^ー^;A
    ここ20年程は本当にそういう欲求が薄くなってたから自分は仙人にでもなったかな!?と不安でしたが…(((^^;)
    間違いなく人間でした(>.<)
    やっぱ欲求は高揚感と苦悩を生みますね…(^。^;)
    クジ当たるといいですね
    (*^^*)!

  2. SECRET: 0
    PASS:
    >あろはさんさんさん
    やっぱり同じ人間でしたか(・・。)ゞ
    でも好奇心が文明を発達させてきたと思えば
    欲求があることも悪いことじゃないなと。
    まあ、仙人にはなれなくても
    人間らしく生きるためには欲求も必要ですな。
    と、強引にまとめてみました(^▽^;)

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