雑記

多謝

前略

久しぶりに君に手紙が書きたくて、今、こうして筆を取っています。
でも筆を取ったのはいいけれど、ハタと考え込んでしまいました

話したいことはたくさんある。
でもいざ、こうして文章で表現しようとすると、言葉につまります。

おかしな話だね。
モノ書きになりたい人間が、言葉につまるなんて。

想いは言葉に届かない。
僕は、いつも肝心なところで、大切なことを伝えられていない気がします。

そうだ。
想像力の話がしたかったんだ。

知ってる?
自分自身を一番苦しめるものは、自分自身の想像力だってこと。
まあ、ぶっちゃけ、受け売りの言葉なんだけど、確かにその通りだなって。

君を想う時、僕はいつも嬉しくて、そして寂しい気持ちになります。

嬉しいのは、君という存在を身近に感じることができるから。
寂しいのは、君という存在を遠くに感じてしまうから。

でも、これだけは言わせてください。

君は、僕に生きることの意味を思い出させてくれました。
閉ざされていた闇に、ひと筋の灯りををともしてくれました。

その灯りを希望と呼び、希望は明日を生きる糧となりました。
こんな僕でも、生きてていいんだなって、素直に思えるようになりました。

人が人を想う気持ちは、実はとってもシンプルで
だからこそ複雑なんじゃないかという気がします。

僕は以前、ブログの中で
人を愛するという行為は、有限の時間の中で無限の愛を捧げることだと書きました。

だとするならば
一度きりの人生の中で、他でもないたった一人の君に
限りない情熱を傾けてもいいんじゃないかと思うのです。

まっすぐに力強くて、理不尽なまでに暴力的で
草原を突き進む竜巻に遭遇したような出逢いは
この先、体験することはもうないでしょう。

もし、今後他の誰かを愛することがあったとしても
それは晩秋の木々に似ているもののような気がします。

仮に、そんな静寂に包まれたような出逢いがあるのかどうか分からないけど
最初の想像力の話に戻るとすれば、君を想う時、やっぱり僕は幸福なのです。

こういう言葉、似合わないかもしれないけれど、愛しています。

草々

ということで、今年もまた無事に誕生日を迎えることができました。
たくさんのお祝いのメッセージ、本当にありがとうございました。

つくづく自分は幸せ者だなあと
一つ一つの言葉を噛みしめながら実感しているところです。

青汁の10代。
狂乱の20代。
喪失の30代。

そんな30代も、いよいよ終わりを迎えようとしています。
過ぎていく日々はあっという間だけれど
素敵ミドルな40代を過ごすためにも
毎日を意味のあるものにしたいと思います。

誰よりも幸せですよと笑えるように。
とびっきりの感謝の気持ちを込めて。

清水功太郎


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