故事成語

良薬は口に苦し(りょうやくはくちににがし)

薬

この春から中学生になった姪っ子が陸上部に入部しました。
OBとしては嬉しい限りです。

なんだかんだと言いつつも、練習は楽しくやっているみたいです。
中学時代の運動部は、先輩後輩の上下関係も厳しいです。
でもそういった、よい意味での「社会性」みたいなものを
身につけるには絶好の機会だと思っています。

最近、思春期特有の反抗期めいた傾向が見受けられますが
家庭だけでなく、外で学んでくることが
後々の人間形成に大きく役立ちますから
なにはともあれ、素直にすくすくと育ってほしいと、叔父は願うのでした。

翻って自分はどうか?

まあ、僕はもういい歳なので
さすがに、あれやこれやといちゃもんをつけられることは滅多にありません。
むしろ、年長者として、それ相応の振る舞いをして然るべきなのです。

と、同時に、まだまだ人生で学ぶことはたくさんありますから
助言をしてくれる人たちには、年齢は関係なく謙虚に受け止めなければいけません。

もちろん、優しい言葉ばかりではないです。
時には、内臓が煮えくりかえそうな心境になることもあります。

だから、一つの指針として
そこに「愛」はあるのか?という判断基準が目安になります。

アドバイスをしてくれる人の、感情のはけ口になっていたのでは
ただの怒られ損だし、なにも得るものはありません。
聞き役に徹して、相づちを打つことが上手になることくらいなものです。

そうではなく、ワタシという人間に対して
ポジティブな突っ込みが入るのであれば
それは、厳しい口調であろうと真摯に受け止める必要があります。

たとえば、自分がまだ中学生で陸上部だった頃。
当時の監督は、練習中に容赦なく罵声を浴びせてきました。
時には愛の鉄拳もありました(もう時効)。

内心、なんだこの野郎という感情が芽生えますわな。

で、そこでクサッて練習を適当に誤魔化すのか。
それとも、今に見ておれと反骨心が湧き上がってくるのか。

そこが大きな分かれ目になるのです。

幸いなことに、練習した成果はきっちりと数字で表示されます。
大会に出る度に、あるいは練習中に自己記録を更新すると
不思議なことに、それまでの不平不満が一気に吹き飛んで
さすがだね、監督は。なんて見直したりもしてしまうのです。

ゲンキンな学生ですね。

でも、今の僕を形成しているある部分の原風景は
間違いなく、この時に身につけたものです。

芸術の分野を数値化することは難しいですが
シナリオの勉強なんてしていると
面白い作品に出会えば、感動する一面と、こなくそという一面の二つが生まれます。

コンクールに応募して
大賞を受賞した作品と、落選した自分の作品の差はどこにあるのか。

大抵、俺の方が面白いじゃんとなるのですが、結果は真逆なわけだから
じゃあ、自分が面白いと感じたものを、他の人にも感じてもらうためにはどうすべきか?
というスイッチが入り、今に見ておれ、となるわけです。

向上心と言えば聞こえはいいですが、往生際の悪い天邪鬼ですね。

でも、その気持ちを失くさない限り
まだ上手くなるんだと思える限り、僕はチャレンジし続けるだろし
目の前にある扉をいつか開いてやるんでいとなるのです。

何度も繰り返します。
初心忘れるべからずといいますが、僕は素人ではあっても、初心者ではないので
きっちりと今の自分の立ち位置とレベルを把握し
次の一手を打つことが重要なのです。

がんばろっと。

というお話しでした。


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