死語辞典

僕と君じゃフィーリングが違うね

やれやれ

一口に相性と言っても、相思相愛もあれば相殺することもあって
それは友人や恋人どうしに限ったことではなく、家族の間にだって存在します。

もしくは、ある部分では共感できるけど、他はダメとか
複雑になると、愛しさあまって憎さ百倍とか
歪んだ形で表面化することもあります。

あ、のっけから「相性」という言葉に置き換えてしまいましたが
「感性」とか「感覚」とも言い換えることもできるのかな。

少し前だと「オーラ」とか。

私、時々ですが、「感性の人」だよねとか、「感覚で生きてるよね」
なんて言われ方をすることがあります。

んが、断じて褒め言葉ではないことを、ここに表明いたします。

まあ、確かにちまちま考えている暇があったら行動しちゃえっていう部分はあります。
実際に、そうやって動いて、後付けで理由を考える、みたいなところは否めない。

でもそれは、身体が反応する速度に脳みそがついていかないだけで
身体の中を、ピピッと信号が駆け巡ってはいるんです。

あと単純に、言葉を知らないだけってことも理由の一つかもしれません。
単語や語句を使うよりも、擬音語とか擬態語の方が多くなってしまうのです。

でもそれじゃ、まずいんですよ。モノ創りの端くれとしては。
きちんと自分の想いを言語化できないと、通用しないんですね。
そのうち誰にも相手にされなくなってしまいます。

だから、一時期は「感性の言語化」なんてものに躍起になっていたこともあります。
ロジカルに説明する脳力を磨こうと必死になっていたんですわ。

言動先にありきでもいいから、その根拠をきちんと示すことができればいいのです。
「だって、そう思っちゃったんだもん」で済ますには、ちと限界がきています。
屁理屈ではなくて、基礎から積み上げられた論点を的確に表現すること。

ただし、難しい言葉を並べればいいというわけではありません。
いかに平易で分かりやすく、相手に届けるか、これがミソです。
言葉は相手に響いて理解してもらって、初めて有効になるのです。

だからね、どこぞの首相と彼を取り巻くみなさんが
どんなに立派な御託を並べて説明したとしても
彼らの言葉は国民には届いていないのです。

だって、国民の方を向いていないもの。
そして国民の声を聞こうともしていないもの。

あの人たちと、国会議事堂前にいる人たちでは
明らかにフィーリングが違いすぎます。
そしてそのことを逃げの言い訳にしているのが、現在の内閣と。

でも日本人のいいところは、武力で解決しようとしないところ。
内乱や内戦が起こらないところ。
他の国ではとっくに紛争がぼっ発してますよ。

という、利点を逆手にとって、好き放題やっているのだから
ほんと、頭にきます。

ということで、話がだいぶ飛びましたが
2014年7月1日、今年も残り半分になった今日この日を忘れない。

言論の自由を奪われたり、表現の自由を規制されたりしたら…

それでも僕は吠え続けますけどね。
理路整然と。


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