死語辞典

今日はふたりのサラダ記念日だね

記念日

今日は久しぶりに大きな揺れを感じる地震がありました。
小規模な地震はちょいちょいあったのですが
震度5弱という揺れは、身の安全を確保すべきか避難すべきか
何を最優先にしたらよいのか判断に迷うほどでした。

地震が起これば
どうしたって3月11日という日を思い出さないわけにはいきません。
あの日起こったパニックとその後の悲劇は
今でもはっきりと憶えています。

それは自分の命が奇跡的に助かったことと
無関係ではないと思います。

あの日、僕は瓦礫の下敷きになっていてもおかしくなかったからです。

僕は、1975年4月25日生まれですから
大げさに言えば、この日が僕の誕生した記念日ということになります。

ちなみにアメリカの俳優、アル・パチーノも4月25日生まれです。

幕末にタイムスリップすると
1868年同月同日に、新撰組局長、近藤勇が板橋で斬首されています。

もっと身近なところだと、尾崎豊の命日でもあります。
僕が高校2年生、17歳の誕生日を迎えたその日に
彼は、見知らぬ他人の家で、倒れているところを発見されました。

僕は尾崎の(と、呼びつけにしてしまいますよね、なぜか)大ファンでした。
けれど、熱心な信者というわけではありませんでした。

だから泣いたりわめいたり叫んだりはしませんでしたが
部屋に貼ってあったポスターを眺めて
一週間近く、ひたすら尾崎の曲を流し続けて弔った記憶があります。

ちなみに彼の代表作「I LOVE YOU」は
僕の生涯を彩る名曲トップ5に入っています。

痛ましい記念日があれば、当然嬉しい記念日だってあります。

坂本龍馬とか矢井田瞳さんのあれはあれに使わせてもらっていますし
ここでは書けないムフフな日にちを、あんなことに合わせてみたり。

本来であれば、歳を重ねるごとに記念日の数は増えていき
それは喜ばしいことであるはずなのに
なぜか僕の脳は、幾何学的数字を記憶することが非常に困難です。

歴史の年号は憶えられても、電話番号や給与明細などの数字は
ほとんど頭の中に残りません。

今、携帯電話をとりあげられたら、完全に孤立しますね。

地震の話に戻りますが
痛ましい記憶というものは、やがて月日が解決してくれます。
人間には忘却という恩恵があるからです。

正確にはやわらげてくれると言った方が正しいかもしれません。
忘却というシステムのおかげで、痛みは消えても、手触りや匂いは残ります。
残念ながら完全に消し去ることはできません。
ふとしたきっかけで、さまざまな記憶がフラッシュバックしてきます。

3.11のPTSDに悩まされている人は、想像以上にたくさんいるはずです。
それでも忘れていかないと、人は前へ進むことができません。
前へ進むということは、人生の針を刻むということです。

手触りや匂いと闘いながら
それでもうんうんと唸りながら、どうにかこうにか進んでいく。

その推進力になるのが、嬉し楽しい記念日だったりします。

ある点と点で人生を切り取ってみる。
切り取った線は痛みを伴うかもしれませんが
次の点はきっと晴れ渡っているに違いない。

そう思えば、人生少しは楽になるんじゃないかと思っているのです。


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