英語

let off

英語
:I’ll let you off this time.
:My teacher let me off for being late.

今さらではありますが、TVドラマ版「家族狩り」を見終えました。
原作は、もちろん天童荒太さんの小説「家族狩り」。

僕は天童さんの大ファンなので
はたしてあの原作にどういうアプローチをして映像化するのか
その一点に的を絞って、とても楽しみにしていたのです。

結論から言うと
昨今のテレビ事情からして、あれが限界なのかなあなんて思ったりして。

悪くはないけれど、ずば抜けて良くもない。
無難な場所に着地しちゃったよといった感じでしょうか。

途中で脚本家さんが変わっちゃいましたしね。

天童さんの作品を映像化することは、ただでさえ難しいしだろうし
今の世相を考えると、いたしかたない部分もあります。

けれど、TVドラマ版「永遠の仔」はすばらしく良かったのです。
原作の世界観を壊すことなく、かつTVドラマの持つ強みがあった。

だから、やろうと思えばできるんじゃないかと
天童さんの原作が映像化されるときは、いつも期待してしまうのです。

オッケー。
認めましょう。
TVドラマ版「家族狩り」は、僕の中では、なしです。

んで、まあ、なんでこんなにも長い前ふりになったかといいますと
「赦し」とか「救い」、あるいは逆の「恨み」とか「復讐」というキーワードが
僕の中の根っこの深い部分とリンクしているからなんです。

それは、創作における永遠のテーマだと言ってもいいかもしれません。

人は誰だって、どこかで誰かを傷つけながら生きています。
意識的だろうと、無意識だろうと。

そして因果応報というものは必ずあって、自分にしっぺ返しがやってきます。
つまり、自分も傷つきながら生きているのです。

じゃあ、その痛みや苦しみを誰が赦してくれるか。

一神教の国なら、答えは簡単です。
自分の信仰する神様に懺悔をして、悔い改めれば終わりです。

でも、神を持たないこの国では誰にすがればよいのでしょうか。
家族?友達?恋人?世間?

僕にはそれが分からないのです。
分からないからこそ
ワタシという存在を認め受け入れてくれる器を
延々に探しているような気がしています。

そのためには
まず自分がそういう器足る存在にならなければいけません。
求めてばかりではなく、受け入れる覚悟を持つ。

喜びも悲しみも引き受ける覚悟を持つこと。
同時にそれらを共有しあえること。

そうして初めて
ワタシの罪を認め、アナタの罰を引き受けられると思うのです。

痛みを抱えながら生きていくことは、決して楽なことではありません。
でも、ワタシの痛みではなく、アナタの痛みを受け入れるのだとしたら
いつかきっと、生きててよかったと思える日がやって来る。

なんてことをね、僕は「書く」という行為を通して形にしようとしているのだから
こりゃまた、難儀な道を選んでしまいましたね。
そして書いていれば演出したくなるし、演出していれば演じたくもなるという性。

でも、どんな職業に就こうともそれは同じことが言えるはずです。

だって、最愛の人の笑顔が見たいでしょ?
それが一番の幸せだと思うのはきれいごと過ぎますか?


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