へんなことわざ

恋と妊婦、ラクダで外出

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芝居でもエッセイでもシナリオでも
僕が作ったものを観て(読んで)くれた人たちから
いつもクエスチョンがつきました。

「で、結局何が言いたいの?」と。

僕はテーマ主義者ではないので、「今回の見どころは?」なんて質問を受けると
「全部です」と答えるようにしていました。
だって、一言二言で答えられるのなら
わざわざ2時間もの作品を作ったりはしませんよ、ってな感じで。

もちろん、こちらに創作意図はあります。
ありますが、それを押し付けるのではなく
答えは無限に転がっているので、あなたの中で勝手に咀嚼してくれたら嬉しいな。
なんて思っていたんです。

何も分かっていなかったというか
青かったというか
生意気ぶっていたんでしょうね。

そんな偏屈な時期を過ぎて
今では、いかにこちらの思いを届けるのか、そのことに躍起になっています。

まず主題があって
もちろん解釈は人の数だけあるのだろうけど
僕の用意した答えについて、どのような反応が返ってくるのだろうと
そのことに注視したりしています。

でも、人の顔色を伺って何かを作っているわけではありません。
当然、好意的な反応が返ってくれば、それはそれで嬉しいです。
僕は褒められて伸びる子なので、おだてられれば、いくらでも木に登ります。

「作家」ということに限定して言えば
宇宙に無限に転がっているパズルのピースを
今回の作品に必要な分だけかき集めて、それらを組立て、形にするわけです。

多くの情報から、必要最低限の情報だけを選び取る作業をします。
元になる情報が多ければ多いほど、削り取る作業は困難を極めますが
それでも、作品に深みを出すためには避けて通れない作業になります。

形にしたものに、ある一定の方向から光を当てるので、反対側には影ができます。
その影の色が濃ければ濃いほど、重みのある作品に仕上がっているのです。

ただし、光を当てる部分には、思う存分光を当てて
燦然と輝かせることが前提条件ではありますが。

光と影の問題で言えば、そこにはれっきとした技術が求められます。
これはひたすら訓練をするしかありません。
思うに、職業的作家とはこの技術が優れている人種のことです。

さらに
技術が優れていて、なおかつ読み手の心を打つ作品となると
職業的作家から、さらに1歩踏み越えた領域の扉を開けなければなりません。

それが、生き様なのか、人生経験なのか、天から与えられた才能なのか
今の僕には、これだという明確な答えを用意することはできません。
恐らくは、全部正しいのだろうし、全部間違っているのかもしれません。

ビックリするほど歌唱力があって、職業的歌手にはなれるのに
そこから先へ進めない人がいるのと同じことですね。

オリンピックを観ていても
少なからず宿命めいたものを感じずにはいられません。

まあ、それを認めてしまっては夢も何もなくなってしまうので
そこはあえてぼかしておきますが。

「夢を売ることを生業にしようとしている人間が、夢を語らなくなったらおしまいよ」
とは、僕がとんがっていた頃によく口にしていた言葉です。

今だったら、そこに、そうですね
「荒ぶる魂と鎮魂の鐘の音が必要です」と、つけ加えておきましょうか。


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