へんなことわざ

カレーがうまけりゃご飯がまずく、ご飯がうまけりゃカレーがまずい

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「隙間」のある作品が好きです。

小説でも映画でも芝居でも、意図的に作られた「隙間」がある作品です。

もちろん、完璧な作品なんてこの世の中に存在しないので
(あるいは僕がまだ出会っていないだけかも知れませんが)
どの作品にも「隙間」はあります。

ただ、それが遊び心のある隙間なのか
単純に実力不足の隙間なのか、そこの差は非常に大きいですけど。

同じことは人間関係にも言えます。
もちろん、完璧な人間なんてこの世に存在しないので
(あるいは僕がまだ出会っていないだけかも知れませんが)
どんな人間にも長所と短所はあります。

ただ、それが愛すべき短所なのか
単純に生理的に受け付けない短所なのか、そこの差は非常に大きいですけど。

今、短所ありきで話を進めていますが
僕たちは、自分の欠点を知っているからこそ
自分にできないことをやってのける他者に
憧れと畏怖の念を抱くのではないでしょうか。

オリンピック選手が闘っている姿に感動してしまうのは
自分には不可能なことを、やってのけるからだと思うのです。

オリンピック選手と言えど、普段は普通の人間です。
当然、長所もあれば短所もあるでしょう。
そんな泥臭い人間だからこそ、僕らは感情移入ができるし
応援するにも力が入ってしまうのです。

心なきロボットが、大会で優勝しても、恐らくは誰も見向きはしないと思います。

ある学説によれば
人間は、遺伝子を受け継ぐための器に過ぎないと言われています。
遺伝子は、自分たちが生き残るために、より優秀な器を求めます。

だから、頭脳明晰であったり運動神経に優れていたり、性格がブラボーだったり
他人より、どこか秀でたものがある人物に惹かれ
その人と共同で、遺伝子を次の器に移す行為をするのだとか。

こんな書き方をすると、みもふたもない気がして、少しげんなりしますが
言わんとしていることは、まあ、理解できなくもない。

そう考えると、恋に落ちるメカニズムもなんとなく分かるような気がします。
生まれ落ちた時に離ればなれになった、もう一人の自分を探し求めている。
ちょうど、無理矢理はがされた影を探すのと同じように。

恋とは、お互いが見つめ合うこと。
愛とは、お互いが同じ方向を見つめること。

いずれにせよ、どんな人物の物語にも遊び心はあって当然で
そこの隙間に、自分の物語が入り込む余地があるんじゃないかと。

だから、完璧な人間なんて目指す理由は、これっぽちもないと思うのです。


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