死語辞典

今日は家族サービスって寸法かい?

kazoku

彼岸の入りということで、お墓参りに行ってきました。
物心ついていた頃からの年中行事なので
僕にとっては何の違和感もないのですが
こういう風習が残っているのも、地方ならではなんですねえ。

というのも、近頃よく耳にする「終活」という言葉。
自分の人生の最期をどう迎えるかということを考えようというものです。
そのこと自体は悪くないと思うのですが
終活をするにあたって一番の問題点は、お墓をどうするのかということ。

先祖代々のお墓を持っていれば、何の問題もないのでしょうけど
都会で身寄りもなく一人暮らししている高齢者にとっては
無縁仏になってしまう可能性もあるらしく
散骨したり、知人に頼んだりと、なかなか思うようにいかないのが現実だとか。

ちなみに僕が、もし両親より先に亡くなったら
遺骨はモンゴルの草原にばらまいてくれとお願いしてあるのですが
そこまでの旅費を用意しておけと言われてしまったので
あえなく終活断念か、という流れになっております。

家族サービスといえば
サッカーくじを当てて、家族のみんなに食事をご馳走したいなと思っています。
もちろん当選金額によって、サービスの質も量も種類はまちまちですが
今のところ6億円を狙うくじを買っていないので
食事あたりが適当かと思われるわけです。

ただね。
我が家には外食するという習慣がないし
ちょっとでも変わった食べ物を食べようという意識の欠片もないので
せいぜい、回転ずしか、栃木といえば、ステーキ宮という
鉄板の肉料理屋くらいしか考えられないところが残念ではあります。

とりあえず、くじよ当たれと。
まずはそこが最低条件だぞと。

いつの日か、僕も家族を持つ日が来るのだろうか。
その時、どんなおもてなしができるのだろうか。
こればっかりは、本当にイメージが湧かないのです。

一応、分家の長男なので、お墓を守るという義務があります。
義務というか、守って当然だろ的な空気が流れています。

もちろんそのことはやぶさかではないのですが
果たして、いつまで地元に住んでいるのかなという疑問もあって
だったら、いっそのこと弟君に任せた方が安全なのかなとも思うわけです。

そんなことしたら責任放棄として
非難の嵐がやってくるのは目に見えていますけどね。

いずれにせよ、究極の家族サービスって
たとえば両親に限って言えば、生前はもちろんのこと
没後のことをしっかり考えることなのかもしれません。

なんてことを、墓前に線香をあげながら
考えてきた1日でした。

さてさて、暑さ寒さも彼岸までといいますが
3月もあと10日で終わり。
いよいよ新年度の到来です。

ああ、春が待ち遠しい。


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