死語辞典

大丈夫よ。今日、耳、日曜。

mimi

通勤途中の電車の中では
必ずといっていいほど、音楽を聴いています。

たとえ車内で寝ていたとしても
イヤホンはつけたまま。
音楽も流したままです。

なんというか
不特定多数の人の会話を聴くことが苦手なのです。
聴くともなしに飛び込んでくる情報量の多さに、疲れてしまうのです。

会話だけならまだしも
その裏にある思念というか、思惑というか
様々な感情が勝手に流れ込んでくる気がして
いやいや、脳みその処理が追いつきませんとなるのです。

断っておきますが、僕はサイコパスでも何でもありません。
あくまでも、勝手に解釈して勝手に困っているだけです。

いわゆる、共感覚の音バージョンに近いと思ってください。

ここまで書いて、ああそうかと思い当たることがありました。

僕は、ライブ会場での縦ノリが、どうにもしっくりこないのです。
あれをやられると、反応にちょっと困ってしまいます。

おかしいなあ。
サッカーの試合を観に行って、ゴール裏での観戦は問題ないのに。

不特定多数の人の声を「会話」と呼ぶのなら
ある特定の人とのやり取りは「対話」と呼びます。

不思議なことに「対話」になると、俄然やる気が湧いてきます。
深い話になればなるほど、というか、自分のアンテナにひっかかると
一気に距離を縮めて「対話」に集中してしまうのです。

人に興味がある。
むしろ、あなた、という人に興味がある。

だから、あなたが隠しているその胸の内を明かしてくださいなと
余計なお世話なんですが、ついついエンジンがかかってしまう。

にも関わらず、自分から自分のことを積極的に話さないし
そこに輪をかけて、人見知りという性格が相まって
一体、お前は何がやりたいのさと、ツッコンデしまう情けなさ。

もっとも、話し上手になるよりは
聴き上手になりたいという意識はあります。

誰かの通りすがりで十分なんです。
それは、荒野を旅するあなたのオアシスになるということです。

オアシスは旅のゴールにはなりません。
荒野をさまよい、疲れ果てた旅人が憩う場所です。
食糧を補給し、情報を仕入れ、体力が回復したら、また旅立っていく。

その後ろ姿を見つめながら、あなたの旅の無事を祈る。
ワタシはそんなオアシスになりたい。

…なんだろな。
決して聖人君子でもなんでもないんだけどな。

こよなく冒険を愛する自分がいて
同じくらい平穏な日々を求めている自分がいる。

おっさんなのに、精神年齢19歳と診断されてしまうことと
何か関係があるのでしょうか。

最近、自分の立ち位置がよくわからなくなる時があります。
たまには、自分の中の内なる声にも耳を澄ましてみましょうかね。


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