死語辞典

オバタリアンにはなりたくないわ

oba

誕生日を迎えてから、2か月。
ようやく、四十という年齢に違和感を感じなくなってきました。

正直に言うと、内心ビビッていたところがあるのです。
心の整理もつかないまま、一つ上の世代に上がることに。

責任感とか社会的立場とか
本当は、どうでもいいと思っているものにも関わらず
いわゆる、世間とか空気みたいなものに、若干押され気味でした。

ただ、そこは僕が僕である所以ともいいましょうか
結局、年齢だけが変わっても
相変わらず、好きなように生きています。

もちろん将来のことを考えれば不安は尽きませんが
なんとかなるだろうという根拠なき自信だけは
どうやら復活してきたようです。

そう、復活の兆しを感じているんですよ。
これは非常に嬉しい悲鳴です。

だって、30代があんまりにもあんまりだったので

自ら喪失の30代とか
壊れているとか散々ぼやいていたのですから。

今だから言えることですが
一度、深淵の淵を見てきて、そこから上がってきて
壊れる手前の景色を眺めてみると
同じ風景が、まったく別物に映っているんです。

歳を重ねたということもあるし
経験を積んだということも影響しているのでしょう。

もし10年前の自分に一言もの申せるなら
人生、それほどややこしくないぞって言ってやりたいです。

ややこしくしているのは、自分。
肩の力を抜けば、意外とシンプルですよと。

実際はね、言ったところで通じないとは思いますが。

さてさて、過ぎ去った時代を懐かしむのも結構ですが
もうちょっと先のことを考えみますか。

…何もない。
以上。

考えてもどうにかなるものでもないですし。
だからと言って想像しないわけにもいかないし。

ほんの少し。
ほんの少しだけ、自分にポジティブになってみる。

根拠はないんです。
そこは昔と変わりません。

けれど、昔のポジティブさとは見える景色が違う。
だとするならば、体験することもきっと違ったものになるだろう。

その時、自分がどのようなアクションに出るのか。
今の僕の興味はそこにあります。

未知の世代に突入して
未知の体験に胸躍らせる。

間違っても
自由と傍若無人をはき違えることがないように。


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