死語辞典

あの頃はトンガってたなあ

tonngaru

先週は久しぶりに無茶をしました。
仕事があって、ライブがあって、ラジオの収録をしてきました。
もちろんシナリオを書くためのインプット作業もしています。

いつものことではありますが
前々からきちんと計画的に準備していれば何の問題もないのです。

でもそこはスロースターターのO型おうし座のことです。
直前にならないと、お尻に火が点かない。
結局睡眠時間を削ることになって、翌日へダメージが繰り越し。
繰り越されたダメージはどんどん蓄積されて、週末にぶっ倒れると。

すべて心地よいダメージなんですけどね。
自ら望んだことですし。
しかし残念ながら老いには勝てないようです。

20代でできたことが、残念ながら同じようにはできなくなっている。
経験値だけではカバーしきれなくなっている。
当たり前と言えば当たり前なんですが、ちょっと悲しい。

問題は、僕がどこへ向かおうとしているのかってことです。

それはつまり

今後の人生設計にも大きく関わってくることで
当然その自覚はあるものの
目の前にあることに全力を注ぎたいという気持ちに変わりはなく
結局、やっていることは昔と何ら変わりがないという結論に達するわけです。

一つだけ違うことがあるとすれば
自分で言うのもなんですが
だいぶ角が取れて丸くなったんじゃないかと思っていることです。

思っているだけですから、実際のところは不明ですけど。

それでも、20代で演出家をやっていた頃に比べると
これでもおとなしくなった方だと思うのです。

演出家はモテる。
という話を聞いたことがあります。

しかし僕の場合は全然そんなことなくて
演出すればするほど嫌われていくというか
敵が増えていくみたいなところがありました。

自分の信念を貫く男、とでも言えば聞こえはいいです。
でもそれと意固地になることはイコールではありませんからね。

周りの意見を聴けなくなったらおしまいだし
そもそも自分が知っている世界なんて狭くて小さい小さい。

ご指摘やご意見はきちんと受け止めて
必要なモノだけ取捨選択していけばいいのです。

なんてね
今だからそういう風に思えるのです。

当時はとにかく必死だったから
そんなことを考える余裕もなかったのでしょう。

言い訳ついでに言っておくと
人生のうちで、とんがっている時代は必要だと思うのです。
若いうちから達観したような境地になるなんて
それこそ、何も知らないくせに何様だと勘違いされます。

全力でぶつかって、当たって砕けて、身をもってその痛みを知る。
痛みを知らない人間は、他人の痛みにも鈍感ですから。
それでは、世界は救えない。

強くなろう強くなろうとして
トンガっていた時代があったからこそ
そこから反省したことや体験したことが
ようやく今になって活かされているなあと思えるのです。

これだってね、上の世代の人たちから見れば
まだまだ甘ちゃんの域を出ていませんがね。

体力は確かに落ちたかもしれません。
体力だけでカバーしていた部分が、補えなくなっています。

それに取って代わるだけの武器を今持っているという事実。
でもいつの日か、この武器すら役に立たない日がやってくるでしょう。

そんな時に、また新しい武器を持っていられるように
やっぱり今は目の前のことに集中して全力で臨みたいと思うのです。


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