落語

真景累ヶ淵(しんけいかさねがふち)

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恨みに時効はあるのか。

事ある毎に起こる、中国の反日デモを見るたびに思います。
国内に渦巻く不満や欺瞞を発散させるために
国があえて扇動しているという説も聞きますが
それでも、なんだかなあと考えてしまいます。

もう少し、個人レベルの話にしましょう。

僕が、ある女性にフラれたとします。
(いきなり俗っぽい話になった)

恋が成就しなかったことは悲しいけれど
相手の気持ちがあってのことだし、逆恨みするのはお門違いというものです。

たとえ二股をかけられていたとしても
結局自分は選ばれなかった側の人間なのだから、相手を責めても仕方がない。
理不尽な理由であろうと、無理矢理自分で自分を納得させるしかありません。
がっかりするし、しばらく落ち込むけれど、その女性を嫌いになることはないです。

種火だけがくすぶっていて、再び再燃なんてこともあり得たりしますから。
もっとも、再燃したところで、同じ結果が待っているだけなのですが。

それでは、憎しみという感情はどうか。

僕自身は、滅多なことがない限り、人を嫌いになることはありません。
もちろん苦手なタイプはいるし、頭にきたり不快に思うことはあっても
プライベートな部分で関わらなければ、どうにかやり過ごすようにしています。

ただし。

自分の大切な人(家族や友人や恋人)が傷つけられた時
その時は、はっきりと怒りをあらわにします。

プライベートを土足で踏みにじられるようなことがあった時も同じです。
東野圭吾さんの作品で、映画化にもなった「さまよう刃」という小説がありますが
あの小説の主人公同様、憎しみには復讐を持ってやり返すでしょう。

憎しみは憎しみしか生まないといいますが
復讐することは愚かなことでしょうか。

9.11のテロがあった時
アメリカの報復に、僕は真っ向から反対の立場を取りました。
もちろんテロリストを容認するつもりは毛頭ありませんが
それでも血で血を争うようなことには賛成できませんでした。

余談ですが
うちの両親は、僕が「人間の壁」になるかもしれないと心配したそうです。
でも「あいつにはアフガニスタンまでの渡航費がない」ということで
落ち着いたそうです。(なんだそりゃ)

その後の中東情勢は周知の通りなのですが
僕にはタリバンが掲げた正義も、アメリカが振りかざした正義も
結局は、同じものだったと思っています。
だからいつまで経っても、安定と平和が訪れない。

また俗っぽい話に戻りますが
今なら、携帯電話のアドレス帳から、相手の連絡先を削除して
今後、永久に接触しなければ済む話なので、簡単といえば簡単です。

ただ、あの頃は若かった、という言い訳は通用しません。
一度憎しみを抱いた人間に対して、いくら向こうが愛想を振りまいてこようとも
僕の中の感情が変わることはないのです。

そういう意味では、愛と憎しみが表裏一体という考えた方は納得できます。

だとすれば。

愛で満ち溢れていた方が、どれだけ素晴らしいことか。
フラれた時に感じる痛みに慣れることはありませんが
それでも、憎しみを抱くよりは、よっぽどマシじゃないかと思うのです。


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