落語

ぞろぞろ

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信仰心について考えます。

まだまだ日本では宗教の話はタブー視されるところがあって
宗教=カルト教団のようなイメージがぬぐい切れていません。

これが他の国なら、話は簡単です。
信じる神は一人だからです。(一人という言い方はおかしいですね)

キリストなのかマホメッドなのかお釈迦様なのか分かりませんが
基本的に一神教の国がほとんどです。

もちろん、その中でも宗派の違いがあったり、別の神様を信仰していたり
事情は個人個人違うのでしょうけど、日本に比べればシンプルです。

日本は何と言っても八百万の神様がいる国ですからね。
その他にも山岳信仰があったり、物に魂が宿るという信心があったり
学問だの縁結びだの安産だの家内繁盛だの
とにかくたくさんの神様がいるわけですよ。

神社で初詣をして、結婚式ではアーメンと誓い、葬式は仏様に任せる。
節操がないと言われるとそれまでですが
でもそこが日本人のいいところでもあるような気がします。

バレンタインやハロウィンなど、確かに商業ベースで進んだイベントもあります。
いつからクリスマス・イヴが恋人とセックスをする日になったのか謎でもあります。

それでも、みんなが心穏やかでハッピーに暮らせるのなら
それはそれでいいんじゃないかと思うのです。
(本当に信仰心のある人がいたら、すいません。悪意や他意はありませんので)

1年の内で、もっともコンドームの消費量が多い日?だったとしても
2人の関係が前向きに進むのなら、そんなクリスマス・イヴもありだと思うのです。

あやかれるものには、あやかってしまえ、というのが
良くも悪くも日本人(明治時代以降)的発想で
だったら、この際、見る阿呆より踊る阿呆に徹した方が
お得感があって、人生が豊になるような気がするのは僕だけでしょうか。

あ、僕は特定の神様を信仰しているわけではないので、あしからず。

でも人生で一度だけ、本気で改宗しようと思ったことがあります。
それは、高校時代のことでした。
学期末テストが終わり、午前中で下校となったので友達と映画を観に行きました。
「生きてこそ」(原題は「Alive」)という実話を元にした映画です。

アンデス山脈に墜落したラグビー部員たちは
水も食料も持ち合わせていない厳寒の山奥で生き残るために
死んだ仲間の人肉を食べて飢えを凌ぐという道を選びました。
もちろん、そこまでにはたくさんの葛藤があり
彼らは何度も神様に(この場合はキリストさん)祈り、問いかけています。

詳しい内容ははしょりますが、そこまでして信仰する気持ちというものは
一体どういうモノだろと真剣に考えたのです。
後日、もう一度その映画を観るために、授業をサボったことは内緒の話。

もう一度観ても、やっぱり分からない。原作を読んでも分からない。
分からないのなら、自分がその道へ進んでみればいいんじゃないかと結論に達し
ミッション系の大学を志望校の中に入れ、実際に受験しました。

第一希望の大学に受かったこともあって、ミッション系には進学しませんでしたが
それくらい本気で考えていたということです。

まあ、僕の場合は、信仰心からというより好奇心で、と言った方が正しいですね。

もっともっと日本でも宗教の話がオープンになればいいなと思います。
世間では、宗教と天皇制の話は禁句ですよ的な雰囲気がありますが
これだけ他の宗教のいいとこ取りをしている国です。
あけっぴろげに語り合うことができたなら、
お互いをもっと理解しあうことができるような気がするのです。

あ、違う宗教は認めないっていうのは、なしですよ。少なくとも国内では。
某アイドルのじゃんけん大会を生放送することと
某教団のサティアンの暮らしを生放送する違いとか。

もちろん全然違うんですけどね。

宗教の話は、書いても書いても書ききれません。
また機会があれば、別の角度から考えてみようと思っています。


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