英語

once in a while

$こうたろ.com
:I go to the movies once in a while.
:Everybody makes mistakes once in a while.

ときどき、この風景、この景色、この瞬間、以前に体験したことある。
なんて、感じることありませんか?

いわゆる「デジャ・ヴ」というやつです。
日本語に訳すと「既視感」ですね。

僕は、結構な頻度でこのデジャ・ヴを体験します。
どこで見たのか思い出せないのだけれど、確かに記憶の片隅に残っている。
その残っていた記憶が、ふいにこみ上げてくるのです。

医学的なことや科学的な根拠は分かりませんが
やってくるものは仕方がない。

その度に思うのです。
この世には、自分という人間がもう一人いて、もう一つの人生を生きている。
その二つの人生が交わった瞬間が、デジャ・ヴなんじゃないかと。

ドッペルゲンガーとは違います。
うり二つの自分ではなくて、完全なるもう一人の自分です。

たとえば、インターネットで自分の名前を検索すると
ずらっと検索結果が出てきます。
そのほとんどが芝居をやっていた頃の情報なのですが
たまに同姓同名の人がいて、その人にはその人の人生がある。

もちろん、別人です。

でも詳しく検索したら、生年月日も血液型も同じ人物が出てくるかもしれない。
出身地やその後の生い立ちもまったく同じで、今、存在している場所だけが違う。
パラレルワールドなのか、メビウスの輪なのか
とにかく僕という人物がいることは間違いない。

もしかしたら、向こうが本当の僕で
僕が彼にとってのもう一人の自分である可能性だってある。
なんてことを考えだすと、本当にとめどもなく無限ループに陥りいます。

だって、僕がこの場所に存在しているなんて証拠はどこにもないのだから。
だから手で触れることのできる実感が欲しいのかもしれません。
肌で感じることのできる温もりが必要なのかもしれません。

そんな無限ループの夜に寂しさをおぼえたら、泣けたらいいのにと思います。
人間の持つ感情の中で、一番自分を実感できる感情が泣くことだと思うのです。

でも僕は泣かない。
泣かないのではなく、泣けない。

男だからとか、大人だからとか、そんなものは関係ありません。
むしろ泣いてすっきりすることは、大人の知恵の一つであるような気がしています。

今、このブログを書いている僕が泣かない分
もう一人の僕は、大粒の涙をこぼしている。
こみ上げてくる感情を堪え切れずに、嗚咽を漏らしている。
なんか気の毒な気もするけれど、それは仕方がない。
2人で一つの人生を歩いているのだから。

いつか。
いつの日にか。

もう一人の僕に出逢うことができたら。
(それはスクランブル交差点の向こう側に立っているのかもしれない)

その時、僕は僕を抱きしめることができるだろうか。
抱きしめながら、もう一つの人生を歩いてきてくれたことに
ありがとうと言えるだろうか。

なんてね。
ちょっと今夜はSFチックのお話でした。

でも、結構本気だったりもします。


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