故事成語

燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや(えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや)

$こうたろ.com

万年貧乏青年の唯一の心の支えは
「今に見ておれ」という反骨心だけでした。

方向性は間違っていない。
あとは質を上げながら継続していくこと。

万年貧乏青年は自分自身にそう言い聞かせ
批判や否定的な意見を甘んじて受け入れていました。

ライバルは自分の中にいました。
最大にして最強の相手でした。

弱音を吐く自分。
嫉妬する自分。
くじけそうになる自分。

何度もそういう軟弱者に足元をすくわれそうになりました。

一方。
手が届きそうで届かない自分もいました。

理想は高く。
全力で、その影を追いかけました。
そして全力を出し切ったという充実感と
出し切ってこの程度かよという敗北感に
いつも苛まれていました。

そういうわけで、いつだって天使と悪魔が闘っていました。
戦場は、心の中。

これが数字で表されるようなものなら、話は早いのです。
たとえば、1000メートルを2分台で走る。
最初はこの3分の壁がどうしても越えられずに、もがき苦しみました。

それがある日、ふと、2分台がで走れる日が来る。
そうすると、次からは、2分台で走ることが当たり前になりました。
自分の中の、壁を一つ越えた瞬間です。

けれど芸事の道は、それほど簡単に割り切れません。
もちろんどんな芸事にも、技術点というものはあって
そこは客観的に判断できます。

客観的に判断できるということは
訓練すれば鍛えることができるということです。

それと同時に、芸術点というものがあります。
人によっては、個性と呼んだり、雰囲気と呼ぶものです。

これは、生まれ持った資質や、育ってきた環境が大きく関わるので
一朝一夕でどうにかなるものではありません。
好みの問題もあります。

つまり主観的要素が強いということです。

大切なことは両者のバランスが取れているかどうかです。
技術点だけ飛び抜けていると、いつも善戦はするけどつまらない人で終わるし
芸術点だけ飛び抜けていると、一発屋で終わってしまいます。

自分が今、どの立ち位置にいて、これからどこへ向かうのか。
折れない心をキープする原動力は何か。

恋愛に例えると分かりやすいかもしれません。
好きだと思い続けることのできるエネルギーは何か。

それが強い信念であり、志である。
あるいは誤解力だったり。

誰に理解されなくても、目の前に信じる道さえあれば。


Leave a Reply

Your email address will not be published.