故事成語

衣食足れば即ち栄辱を知る(いしょくたればすなわちえいじょくをしる)

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貧乏暮らしの食事の定番と言えば、玉子と納豆と牛乳。

この三種の神器さえ接種していれば、とりあえずは大丈夫だろう。
そこに、もやしでもつけ加えようなら贅沢の極み。

ということで、いまでこそ、あかん飯とかテレビで騒いでおりますが
たったこれだけの食材を飽きずに食べるには
それ相応の工夫が必要であって
どういうわけだかレパートリーだけは増えていきました。

確かに、食事が質素だと心も荒んできます。
けれど、限られた予算の中で生活をやりくりしようとするならば
エンゲル係数を下げるしか方法はなかったのです。
だって、他は削りようがないですから。

交際費も含めて、全部必要経費の名の元に飛んで消えていきました。
夜中に、一人で玉子をかき回す様は、時々虚しさをおぼえますが
自分で選んで、自分で進むと決めた道なのだから、我慢できるところは我慢して
それ以外のお楽しみを満喫することの方が、何倍もスリリングでした。

と、言っていられたのも20代まで。

さすがに30代になると、果たしてこれでいいのかと立ち止まざるを得なくなります。
ここが最初のターニングポイントです。
好きなことをやり続けることと生活していくことは
必ずしもイコールではありません。

夢を追う。

聞こえはいいですが、現実は、みんな口にできない苦労を抱えています。
あるいは好きなことが職業になった途端
好きなことが好きなことではなくなってしまうこともあります。
現実は、想像以上に残酷です。

でもね。

それを恥ずかしいとかみじめだとか思ったことはありません。
サラリーマンだろうと、公務員だろうと、どんな職業に就こうとも
その仕事に誇りを持つことさえできれば、どうにかなると思っています。

常識と呼ばれるものがあったとして
自分の立ち位置が、今、どれくらいその常識からズレているのか。

そのズレを理解しておくことは必要なことかもしれませんが
ここで言うところの常識だって、他人に押し付けらたものだとしたら
そんなものに、いちいちかまっている暇なんてないし、時間の無駄。
自尊心や見栄なんて、たかだかそれっぽっちのことじゃないかと思うのです。

生活が豊かになることと、人生が豊かになることは何の関係もありません。
もし、あなたの目の前にある道が二つに別れているとして
そこで岐路に迷い、判断しかねているのなら
誰も通ったことのない、獣道を選ぶことをお勧めします。

雑草をかきわけ、枝葉を叩き折り、道なき道を行く。

自分の道は自分で切り開くって、文字通りそういうことですから。


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