落語

御慶(ぎょけい)

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寝ている間に見る夢を、心理学的に分析している人たちがいます。

フロイト派とユング派では、過程も結果も大きく異なるらしいですが
共に精神状態を表すという大きなくくりで囲めば、両者は同じともいえます。

つまり、何らかの作用が働いているということですな。

レム睡眠とノンレム睡眠を繰り返し、一晩の間に3~5回くらい夢を見ていて
明け方、目覚める手前の直近で見た夢が、記憶として残るらしいのです。

でも、そう考えると、夢分析にしろ夢占いにしろ
果たしてどこまで信憑性があるのか、という疑問にぶつかります。

まあ、そこらへんの専門的なことは学者さんにお願いするとして。
僕は、夢というモノを滅多に見ません。

たまーに見ると、やけに生々しかったり痛々しかったりと臨場感にあふれていて
一体どっちが現実で、どっちが夢の世界なんだか分からなくなることがあります。
それでいて、大抵は悲しい夢の方が多いのです。

もし、夢が何らかの精神状態を表しているのだとしたら
断片的な記憶しか残っていないのですが
悲劇的な夢を見ることの方が多い僕は、果たしてどんな状態にあるのでしょう。

せめて夢の中くらいはね、ハッピーでいたいですね。
朝からげんなりして疲れると、その日1日憂鬱ですものね。

ということで、別の観点から。

夢を扱った文学作品はたくさんあります。
こちらは、わりと、めでたしめでたしで終わることが多いです。

めでたいと言えば、こんな逸話もあります。

たとえば、僕の夢にAさんという女性が出てくるとします。
普通なら、僕がAさんのことを意識しているからと考えがちですが
実はその逆。

つまり僕がAさんを意識しているのではなく、Aさんが僕を意識している。
僕の夢の中にまで登場したいと思うほど、Aさんが僕を慕ってくれている。

そんな能天気な解釈をしている古典文学があったように思うのですが
題名が出てこないや。

いずれにせよ、ある日突然、それまで気に留めることのなかった異性が
夢の中に出てきたら、びっくりしませんか。

しかも、ちょっと大人の夢だったりすると
その日顔を合わせるのが妙に気まずかったりして。

余談でした。

1日8時間睡眠を取ると計算すると
単純に人生の3割は眠っていることになります。

もし夢の中にもう一つの人生があって、その人生を歩んでいる自分がいるとしたら
スイートな夢もビターな夢も、すべては貴重な財産ということになります。

どうせなら、この落語の主人公のように
夢のお告げが、現実世界とリンクして、
どちらの世界も、よよよいよいとうまく収まればいいのになあ。

だって、現実世界で描く夢も、寝ている間に見る夢も
同じ「ユメ」には違いないのだから。


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