映画の名セリフ

喧嘩のいいところは仲直りができることね

nakanaori
出典:ジャイアンツ

どんなジャンルの芸術にせよ
公の場に発表するからには
必ず批判の対象になるということを
恐れてはいけない気がします。

芸術に限らず、芸能やスポーツでも同じですね。
イチロー選手が打ち立てた偉大な記録。
日本では号外が出るほどの騒ぎでしたが
本場アメリカでは、冷ややか見出しの新聞もありました。

物事には必ず2つの側面があって
ざっくり分けると、賛成してもらえるか反対されるか
どちらかになります。

もちろん褒めらえることに越したことはないのですが
万人に褒められるというもの
考え方によっては、ちょっと危険な気がします。

かと言って否定されれば傷つくし落ち込みもします。

ディベートが得意ではないこの国では
世間と空気という目に見えない力が
ある種のヒステリーを引き起こすなんてことはよくある話です。

あるいはパワーバランスと言ってもいいかもしれません。
力のある者に追従したくなる傾向がよく見受けられます。

いいものはいい。
ダメなものはダメ。

それだけだと、ここで話は終わってしまうので
より具体的にかみ砕いて議論する必要があると思うのです。

肯定する側も、どんな箇所がよかったのか
自分の言葉で説明するべきだし
否定するなら、なぜなのかということを
きちんと相手に届けなければ
ただの文句で終わってしまいます。

批判というと言葉の意味が強い気がするので
批評という言葉をここでは用いたいと思います。

健全な作品には、健全な批評があって然るべき
というのが僕の基本的な考えです。

批評の中には、良い点も残念な点も含まれます。
それらをひっくるめて、きちんと相手に届ける。
聴く側も傾聴する姿勢を持つ。

そして意見が出尽くしたところでノーサイド。

それをいつまでも根に持ったり
酒場で愚痴ったりするから関係がややこしくなるのです。

僕だって文句を言われていい気はしませんが
それが建設的なものであるなら
その場の感情はグッと堪えて、自分の糧にします。

中には、全くと言っていいほど見当違いな意見もあって
それはそれで困るんですけど
まあ、何かしらその発言者の琴線に触れたということで
なんとかやり過ごします。

お互いをほめ殺しにするような関係が
一番よくない気がします。

批評を怖がって、当たり障りのない意見しか述べない。
そんな関係では、何も生まれないし発展しません。

感情に振り回されず、客観的な視点で物事を捉える。
そして適切な言葉で相手に届け、聴く側もしっかり傾聴する。

百歩譲って、喧嘩になったとしても
その議題が終われば、後を引かない。

まあね
守りに入るよりはいいのかもしれないですけど
成熟したディベートってなんで根付かないのかなあ。

という話をし出すと、終わらなくなるので
今日はここまでです。


1 Comment

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