故事成語

寸鉄人を殺す

kugi

言葉遊びが大好きでした。
初期の戯曲にはたくさん言葉遊びがあります。
(レベルのほどは置いといて)

「未知なる道がほらそこに」
なんて台詞をちょいちょいはさんでいたのです。
(だからレベルのほどは置いといて)

舞台だから成立?し得たものなのか
僕の実力不足なのか定かではありませんが
映像用のシナリオではまず使いません。

そもそも興味の対象が変わってきたということもあります。
シナリオスクールに通い始めてからは特に
より深い「対話」を書きたいと思うようになりました。

たとえ相づちだけの台詞だとしても
「うん」なのか「ああ」なのか「はい」なのか。
役者さんへの当て書きができなくなった分
今さらではありますが、より細やかに神経を注いでいます。

登場人物へ台詞を与えるということは
登場人物を造形することです。
それは作者の代弁者ではなく
物語の中を生きる人物たちでなくてはいけません。

登場人物が生き生きしてくると、勝手に喋り出す
なんて現象が起こるという話を聞きますが
物語の枠を超えて話し出した人物は
こちらの予想以上に魅力的だったりします。

魅力的な登場人物が、魅力的な物語を紡いでいく。
もちろん構成力だの展開力だの技術的なことは必要です。
台詞だけがすべてではありませんが
台詞がシナリオの出来を左右することは間違いありません。

どうして今さらこんな当たり前のことを持ち出したかというと
その当たり前のことができなくなっているからです。

スランプなのか壁なのか、はたまた才能の限界なのか。
とにかく自分で納得したものが書けない状態が続いています。
自分が納得していないものを他人が納得するわけもなく
そんなものを作品として世に出すことなんて夢のまた夢。

心に残る名言とか胸を打たれた台詞なんてものは
後づけというか、読者や視聴者が勝手に思い込んでくれたらよくて
そんな意識は微塵もなく、ただただ生きた「対話」というものを
ひたすら書き続けたいなあと願う今日この頃。

やっぱり何かを生み出す作業をしている時が
一番苦しいけど一番楽しいや。


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