落語

夢の酒

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夢と現実が入り混じった噺はけっこうありまして。

もはや落語といえばミニシナリオ、みたいな展開が続いていますが
今回も、そんな虚々実々のお話しを。

「チャネリストさん」

登場人物
・中込太一(36)…独身
・中込麻紀(29)…太一の妹
・安倍之明々(めいめい)…(年齢不詳)自称、陰陽師

○ アジサイ荘・全景(夜)
  古民家が並ぶ路地裏を抜けた所に、うらぶれたアパートが建っている。

○ 同・室内
  部屋の中は、オカルトやサブカルチャーの書物や写真であふれかえっている。
  奥の部屋の突き当たりに、神棚があり、神棚には、こぶし大くらいの石が祭られている。
  安倍之明々が、何事か熱心に唱えている。
  その背後で、中込太一(36)と中込麻紀(29)が、正座している。

麻紀「(小声で)私、そろろろ」

  立ち上がり帰ろうとする。
  それを引き留める太一。

太一「(小声で)いいから。いいから、座ってろ」
麻紀「(小声で)だって……」
明々「きえええええーーーっ!」

  明々、大声で奇声を発する。
  驚く二人。

明々「見えました」
太一「見えた?」
明々「はっきりとあなたの未来が見えました」
太一「(麻紀に)見えたってよ」

  明々、二人の方に向き直る。

明々「今、あなた方のお婆さまとお話をさせて頂いたのですが」
麻紀「祖母は、二人とも健在なんですけど」
明々「……ひいひいお婆さまとお話をさせて頂いたのですが」
太一「はい」
麻紀「……」
明々「太一さん、ずばり、あなたは近い将来運命の人と出会うでしょう」
太一「本当ですか?」
麻紀「名前を教えてください」
明々「名前! うー、その女性の名前は……」
麻紀「じゃなくて、ひいひいお婆ちゃんの名前です」
太一「麻紀」
麻紀「父方ですか? 母方ですか?」
太一「よせよ、失礼だろ」
明々「……手元に、ラ王があります」
太一「ラ王?」
明々「その女性の手元には、ラ王があります」
麻紀「私の質問が飛ばされました」
太一「ラ王って、あのラ王……?」
明々「み・そ・味」
太一「味噌かあ」
麻紀「そこ、重要だとは思えませんが」
明々「ぷはあああ、くうううぅう」
太一「えっと……」
明々「美味い、仕事明けのビールが美味い」
麻紀「……」
明々「ない……ないよぉ。見つからないよぉ」
太一「え? え?」
明々「するめが、ないよぉ」
麻紀「私、本当に失礼します」
太一「待てって」
麻紀「お兄ちゃんは、仕事明けにカップラーメン食べて、ビール飲んで、するめを探すような女性が運命の人でいいわけ?」
太一「!」
麻紀「山田のおばさんに何を吹き込まれたのか知らないけれど、これはインチキです。少なくとも、私には耐えられない」
明々「わん、わんわん」
麻紀「わんって……」
明々「わんわんわん」
太一「! パズーだよ。お前が可愛がっていたパズーだよ!」
麻紀「パズー?」
明々「わんわん、わんわん」
麻紀「やめて。だって、パズーは」
太一「いるんだよ。来てるんだよ。ここに」
麻紀「そんなこと……」
明々「わおーん」
麻紀「パズー……いやいや、犬だって言葉喋るでしょ。気持ちってものがあるでしょ」
明々「……くうぅーん」
太一「あ、消えた」
麻紀「……」
太一「でも、ほら、犬を飼ってたこと、まだ話してないのに、この人」
麻紀「写真」
太一「うん?」
麻紀「最初に見せた家族写真。パズーも一緒に映ってた」
太一「!」
麻紀「帰ろう、お兄ちゃん。帰ります」
太一「待った。一つだけ。最後に一つだけ質問させてくれ。な。それで納得したら、お兄ちゃんも帰るから」
麻紀「……」
太一「(明々に向かって)智子は……死んだ女房は、私が再婚に前向きなこと、許してくれますか?」
麻紀「……」
明々「七回忌も終えたのです。悲しみは心の砂浜に。いざ、行かん」
太一「……聞いたか、麻紀」
麻紀「あの、何を感動しているのか分かりませんが、今のって、普通の会話ですよね」

  突然、太一の携帯電話が鳴る。

太一「ちょっと、失礼」

  ディスプレイには、「智子」の文字。
  太一と麻紀、驚き顔を見合わせる。

明々「どうぞ、お話しなさい」

     了


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