故事成語

糟糠の妻は堂より下さず(そうこうのつまはどうよりくださず)

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苦労は買ってでもしろ、とは言いますが
買わなくて済むなら、あえてわざわざ苦労を買う必要はありません。
というか、買いたくないです。そんなもの。

ところがどういうわけだか
いつも何をやるにしても、向こうからずんずかと付きまとってきます。
困ったものです。

でも不思議なもので
苦労を分かち合った友というものは
いつになってもそのご縁が切れることはありません。

僕が勝手に親近感を抱いているだけかも知れませんが
それでも、あの日あの時あの場所で、共に時間を過ごした友は
大きな大きな財産であることは間違いありません。

だから、親しくなりたい相手、親密になりたい相手がいたら
一緒に頭抱えて困り果てればいいんじゃないかと思います。

もちろん意見の食い違いや、価値観の相違などで
全部が全部うまくいくとは限りませんが
失敗を重ねて、何度もぶつかって、壁を乗り越えることができたなら
その相手とは、深い絆で結ばれるような気がするのです。

「信頼しなくてもいいから、信用してくれ」と、ことある毎に言っていましたが
それは淋しん坊の裏返しで、やっぱり共同作業する相手とは
同じ道を歩いていきたいと思うのが自然な流れ。

そういう意味では、多分僕は恵まれていました。
散々好き勝手に振る舞って、我を通してきたにも関わらず
要所要所で、きちんと軌道修正してくれる相手と出会い
困難を一緒に乗り越えてくれました。

自分で「今、オレ苦労しているな」と思うと、なんだかみじめな気持ちなるので
苦労と苦労と思わないようにしてきましたが
ちゃんと見てくれている人はいて、静かにそっと手を差し伸べてくれました。

もちろん、同性、異性問わずです。
それもごくわずかな人数ではありますが。

見聞を広めるためには、多くの人と関わった方がいい。
けれど、自分の深淵にたどり着くためには、特定の相手が必要になります。
もちろん一方通行ではない関係性を持って。

僕の願いは、そういった人々に、何らかの形で恩返しをすることです。
できることなら目に見える形で、はっきりと、具体的に。

今は、心配をかけたり苦労をかけたりするばかりなので
早く元気になった姿をお披露目して、安心してもらいたい。
幸せですよ、と、声高らかに宣言したい。

そのための障害はまだいくつもありますが
少なくとも自力で勝負してますよと。人生から逃げていないですよと。
そう胸を張って言えるように。

まずは、自分が相手から必要とされるような人間になる。

そこからスタートです。


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