へんなことわざ

自分の糞は臭くない

$こうたろ.com
まずは、この歌をお聞きください。歌詞に注目。
[youtube http://www.youtube.com/watch?v=-U0ycTf4diA&w=420&h=315]

はい、言わずと知れた、チューリップの名曲「虹とスニーカーの頃」です。
何度も繰り返し出てくるフレーズに、記憶ある方もいらっしゃるのでは?

今どきこんなこと言ったら、問答無用でぶん殴られますわな。

でも若いころの恋って(若いころって自分で書いて悲しくなった)
多かれ少なかれこういうものじゃなかったかなと思い出しています。

恋は盲目なんて言葉があるくらいで(これも死語か?)
誰かを好きになると、もうその人しか目に映らない。
そんな経験の一つや二つ、あなたにもあるのではないでしょうか。

付き合い初めの3か月くらいは、相手のいいところしか見えなくて
それが時間と共に段々と欠点も見えてくる。
そこでその欠点を認める認めない、許す許さないの話になって
だいたい一悶着ある。

最初の山場を越えると、またラブリーな2人に戻って
そしてまた次の山場を迎える。

まあ、恋なんてそんなことの繰り返しです。

これが歳を重ねると、また少し風向きが変わってくるんです。

たとえば、サンタクロースは本当は自分の親だったと気が付いた時に
心の中の何かを失くしたように。
分かりずらい、たとえでした。失敬。

何が言いたいかというと
夢中になるほど相手に求めるものが(理想といってもいい)高いということ。

曰く、精神的欲求。
曰く、肉体的欲求。
曰く、物理的欲求。
などなど。

自分の欠点は見えない。あるいは見ない。

でもね、恋って結局そういうものだと思うのです。
打算や計算で成り立つ恋なんて、どこか淋しくないですか。

自分も夢中になる。
相手も夢中になる。
それでええじゃないかと。

あ、ただし公共の場でイチャついている2人には回し蹴りを。


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