へんなことわざ

吠える犬は咬まない

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私は自分の作品がこの世で一番面白いと思っている。誤解もはなはだしいかも知れないが、思うだけなら自由なのでそういうことにして話を進めさせていただきたい。だいたいにおいてモノを創る人間なんてものはみんな同じようなことを考えているに違いないのだ。「自分は、まだまだですから」と頭を下げるくらいなら表舞台に出てくるなと言いたい。身の丈にあった作品とかお手頃な作品とか、なんだそれ、という話である。こちとら血を振り絞っているんでい!献血してるわけじゃないんでい!汁を流しているんでい!汗じゃないのよ。汁なのよ。し・る!(以下、略)

劇場へ芝居を観に行くと
たいていの劇団は当日パンフレットなるものを用意しています。
そしてたいていの劇団は、パンフレットに主宰のごあいさつが書かれています。

冒頭の文章は、ある芝居のパンフレットに書いたごあいさつの出だしの部分です。
ここだけ切り取って読むと、なんともまあ、偉そうにほざいていますね。

この芝居の裏テーマは「誤解」だったので、あえてこういう形で書いたのですが
そのことに気がついた人は誰もいませんでした。あはははは。

言葉は乱暴ですが、ここに書いたことは本当のことだと思っています。
根拠はありませんが、自信だけはあったのです。

長いモノには巻かれない。
どこそこのグループには属さない。

この根拠なき自信だけが、自分を支える唯一の哲学でした。
あちこちで吠えまくって、自分にプレッシャーをかける。
そうやって、言い訳や逃げ道を潰してしまうのです。

僕には、すぐにサボる癖があって
一端どうでもいいやと思ってしまうと、本当にどうでもよくなってしまいます。
だから芝居だけは、そういうことがないように逃げ道を潰していたというわけです。

根拠なし自信は、またの名を勘違い力と呼びます。
そして師匠さんに言わせると
勘違い力と一番近い感情は恋愛だよということだそうです。

ううむ。なかなか含蓄のあるお言葉ですね。

とはいいつつ、自分の作品を客観的に観る目を養うことも必要で
勘違い力だけではやってはいけない時期が訪れます。

誰よりも作品を愛しながら、誰よりも批評性を持つという矛盾。

ここでまたもやお師匠さんのお言葉。
「どんなに嘘をついていても、一つだけ自分が信じられるものがあればいい」

所詮舞台はフィクションですが
舞台の上はノンフィクションでなければならないわけで
その時の根拠となる指針が、前述の言葉ということになります。

ということを、いたるところで言いふらしてきたんだけどなあ。
やっぱり完成した作品に説得力がなかったら、吠えるだけの犬なんですなあ。


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