故事成語

危急存亡の秋(ききゅうそんぼうのとき)

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僕が、とりわけ日本の幕末史が好きな理由は
単純に、幕末を駆け抜けた人々の生きざまに憧れているからです。

有名無名、老若男女問わず、あの時代はたくさんの命が散りました。
多くの犠牲の上になりたっています。
有史以前より、無血革命が成ったためしはないのです。

ただ、勘違いしてほしくないのは、命を粗末にしたらいけないということです。
あの時代に生きた人々は、文字通り命を賭して事を成し遂げようとしました。
その覚悟と決意を秘めていたからこそ、あれだけの実行力が伴ったわけで
そこにはとても共感できるのですが、実際に死んだらやっぱりダメなんです。

一見、矛盾しているような物言いをしていますが
史実を信じるなら、僕の知っている武士の中で一人
そういう心意気で、あの時代を駆け抜けた人物がいます。

それが、坂本龍馬です。

北辰一刀流の免許皆伝者でありながら、ただの一度も人を切り殺していない。
(と、言われています)

常識を逸脱した、無謀とも思える行動をとりながら
でも暗殺されるその時まで、乱世を生き延びた。
(と、言われています。以下、略)

たとえば、西郷さんや桂さんなどは、生きて明治政府の要職に就きました。
もともと彼らは藩の中でも位の高い武士で、藩を代表する立場にいた人です。
ですが、龍馬は故郷を捨て、一介の浪人になり、何の後ろ盾もないまま
己の知恵と腕だけで、他の誰にも真似できない偉業をやってしまいます。

そして、散る。
歴史の表舞台から姿を消しました。
だから英雄になってしまったのです。

僕も英雄としての龍馬に憧れ、幕末史をかじりましたが
かじればかじるほど、龍馬は英雄なんかになりたくなかったんだろうなと思います。

歴史のジャッジは後世の時代が決めます。
倒幕が成功したからこそ、薩長は主役になり得たのであって
もし失敗していたら、ただのテロリストです。
龍馬の名前が世間に出てくることもなかったでしょう。

幕末史は、言ってみれば、壮大な青春群像劇だと言えるかも知れません。
倒幕派も佐幕派も武士も農民も、彼らを支えた女性や家族も
一人ひとりに生きる理由があって、キャスティングされました。

そして、死ぬことを善しとする日本人の美意識が、裏テーマとしてあるのも事実。
だから、幕府側であったにも関わらず、新撰組や白虎隊ですら美談になるのです。

話が錯綜しますが、僕は、死ぬことを美談にしてはいけないと思っています。
現代社会に生きているから
そんなことが言えるのだと突っ込まれるかもしれませんが
ダメなものはダメです。

理想に生きて、思想に殺されたのでは意味がありません。
夢物語とか浮世離れとか、どんなに揶揄されても、命あってのものだもの。

幕末に沸き起こったエネルギーに憧れを抱きつつ
それでも生き延びるのだという選択肢を、忘れない。

そんな角度から、歴史を眺めてみるのも、なかなかオツなものですよ。


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