Plinky

A bit of nostalgia

Q:ほろ苦く、ノスタルジックな気分になる贈り物を受け取りました。それはなんですか?

A:うーん、難しいぞ…宗田理さんの小説(ぼくらの七日間戦争シリーズ)とか、ですかね。
ざっくり人生を40年として、僕の中では、単純に前半の20年間の記憶がほとんどないのです。つまり、小学校、中学校、高校と、それぞれにあったはずの青春が、すとんと抜け落ちているのです。

ピンポイントで憶えていることはあります。たとえば、小学校の運動会で児童を代表して選手宣誓をしたのはいいけれど、日にちを間違えたとか。初恋の相手と授業中に目が合っただけで幸せだったとか。中学ならば部活と生徒会活動に明け暮れていただけとか。

ただ、全体像がボヤけているのです。当時はまっていた音楽、尾崎豊やブルーハーツは今でも新鮮な感覚で普通に聴くし、グーニーズやジャッキーチェンの映画もまったく色あせることなく現在に持ってくることができます。ガンダムも同じですね。だから、当時を彷彿させるような、特別な何か、というものを探す方が難しいです。

じゃあ、後半の20年間、つまり成人してから今日に至るまでの日々はどうかというと、逆に思い出したくないことの方が多いかもしれません。単なるろくでなしでしたからね。

所詮、記憶なんていい加減なものだから、自分の都合のいいように変換して美化していることの方が圧倒的だろうし、抜け落ちているということは、今の自分には必要のないものなんだと割り切った方が、楽になれる気がします。

過去があって、今の自分がいる。

だけど、過去に引きずられて、魂が深い井戸の底へ堕ちていってしまうのなら、それはとても残念なことです。喜びも悲しみも痛みも赦しも全部抱えて生きていく。決して楽な作業ではありませんが、それでもどっこい、生きていく。

なぜ今を生きるのか?

それは明日の自分を生きるから。明日の自分を作ることができるのは、他の誰でもない自分自身だけだからです。過去はやり直せないし、消すこともできません。けれど未来はいかようにも作っていくことができます。すべては自分自身の心がけ一つです。新しい自分を作るのに、古い価値観、古い倫理観、古い道徳感は足かせ以外の何物でもありません。

決して、今までの人生を否定しろと言っているのではなく、思い出は心の砂浜に置いておいて、感傷に浸りたい時に、その砂浜でボーっとしながら海を眺めていればいいのです。

失敗から学んだこともたくさんあだろうし、歳を重ねることでしか得られない経験値というものもあります。それらは一つの財産として温めておけばよくて、そこへ逃げ込んだり、そこだけをいつまでも振り返ったりするのは、なんだかもったいないなあと思うのです。


2 Comments

  1. SECRET: 0
    PASS:
    どうもこんにちわ!。ブログ拝見させてもらいました!よかったら僕のブログも見てくださいね!興味があったら読者申請してくださいね♪

  2. SECRET: 0
    PASS:
    >JUNPさん
    はじめまして。
    コメントありがとうございます。
    ただ今、もろもろの事情により、ブログが停滞しておりますが
    もしよろしければ、意味のないたわごとですが、お付き合いください。
    JUNPさんもブログも時間がある時に、ゆっくりと読ませてもらいますね。

Leave a Reply

Your email address will not be published.