故事成語

刀折れ矢尽きる(かたなおれやつきる)

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いかりや長介さんの夢を見ました。

いかりやさんが亡くなられたというニュースが流れていました。
前後に何の脈絡もないんですけどね。

で、僕の中にはいかりやさんの言葉で印象に残っているものがあります。
「役者は健康じゃなくてもいいけど、丈夫でなければいけない」(こんなニュアンス)
というものです。

当時の僕は、バリバリの演劇畑にいましたから
この言葉がものすごく腑に落ちて、うんうんとうなずいていました。

どう考えたって、生活サイクルや食事のアンバランスさを見れば
健康体でいられるわけがないのです。(今の方々は違うのかもしれませんが)

でも丈夫であることだけは、結構自慢してもいいんじゃないかと思っていました。
めげない、負けない、倒れない、という意味において
ボロボロの身体を精神が支えていたという感覚です。

追いつめられてからが勝負、みたいなところがあって
毎度毎度、あらゆる場所で一度はギブアップしたくなるのですが
そこからどれだけリカバリして、さらに上積みしていくのか
そんな過程の繰り返しだった気がします。

ところがある日の稽古場でのこと。
みんなより早や入りして、稽古の準備をしていた時のことです。
イスから立ち上がった瞬間に前後左右が分からなくなり
気がついたら地面に突っ伏していました。

受け身なんてとれるわけもなく、横になったまま動くことができませんでした。
己の身に何が起きたのか、それを理解するまでに結構な時間がかかりました。
誰も見ていなかったのが不幸中の幸いでしたが、ショックの度合いといったら。
これが、精も根も尽き果てる1歩手前のサインだったのかもしれません。

とはいえ本番を間近に控えて、代表がそんな情けない状態ではいかんいかんと
気合いを入れ直し、そしてどうにか本番を乗り切りました。
乗り切ったと同時に、緊張の糸がぷっつりと切れ
10年以上に渡る疲労の蓄積が一気に押し寄せ
ダムが決壊しすべて流されました。

もちろん、芝居だけが人生のすべてではありませんでしたから
それ以外の要素も多分に含まれていたのでしょうけど
病院のベッドの上で、独り静かに涙をこぼし
万策尽きたことを悟ったのです。

……いや、別に不幸話がしたいわけじゃなくて。

その時は自分の身体を自分の精神が支えきれなかったのだとしても
(その逆もまた然りで)
どっこい生きているというだけで、まあ、ある意味幸せな奴だなと。

こんな情けなくてどうでもいい話を、ブログに書いてしまえるほどの無神経さよ。
根こそぎ流されたはずの「自我」がまた芽吹いているというめでたさよ。

あーだこーだと、ブーたれてはみるものの
結局はただの楽観主義者というか
性懲りもなく、いつかまたチャレンジしたいなと思っているお気楽さ。

反省はしても後悔はしていません。
だって毎日が必死で、チャレンジアンドゴーだったし
ぶっ倒れるまで充実できる日々を過ごせたのだから
そこはつき合ってくれて支えてくれたみんなに感謝しないと。

だからね。
だから、いつか恩返しがしたいと思っているのです。

それがまた芝居の道に戻ることなのか
プライベートでハッピーになることなのか、道は分かりませんが
僕らしさ、自分らしさという方法で何らかの形にしたいわけです。

一度、どん底を味わっているわけですからね。
そりゃあ、図太くもなりますよ。
どん底なんて言葉を使うことすらおこがましいですし。

とりあえずは、自分らしさってモノを見極めるところからリスタート。

なんて思考を陽転させると、ワクワク感も倍増するわけです。


1 Comment

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    未だに業界では「寝てないアピール」「調子悪いアピール」が美徳とされてて、僕としては不快なんですなぁ。そりゃ違うだろうと。健康でいて仕事こなす方がどう考えても偉いだろうと。
    不健康な生活サイクルでないと仕事が出来ない人というのはいて、それならそれで構いませんが、自分の価値観を人に押し付けるのはどうかと思いますねぇ。
    こうたろうさんも、復帰なさるのでしたらお体には気をつけてくださいませ!

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