Plinky

21st Century Citizen

Q:あなたは、今日というこの時代を生きてますか?21世紀の住人として居心地の良さを感じていますか?もしそうであるなら、その理由を説明しなさい。もし違うのであれば、むしろいつの時代が良かったですか?

A:私の愛する人は精神を病んでいます。ですが私は、とても幸福です(鴻上尚史・作【トランス】より抜粋)

まず、今回のお題は翻訳が非常に難しかったことを言い訳しておきます。いつもは、直訳と異訳の中間あたりを狙っているのですが、今回はほぼ異訳に近いです。イメージだけで膨らませました。

という前置きがあって、答えですね。はっきり誤解のないように断っておきますと、精神を病んではいません。ありがたいことに五体満足です。

では、なぜ、あやふやな答えを持ってきたのかというお話です。

この【トランス】という作品には、大学時代、校内にある生協の書籍コーナーで出会いました。芝居そのものは観ていなかったのですが、戯曲だけ読んでみたわけです。で、読みながら、ラストは号泣。校内の生協で号泣。

その後、ビデオで初演を観て、再演を直接劇場で観ました。そしてやっぱり号泣。

当時、二十歳過ぎくらいだったから、まだ時代は20世紀でした。バブルが弾けて、阪神淡路大震災があって、オウムの事件があって、ノストラダムスが持ち上げられていた、そんな時代です。

それだけ混沌としていた世紀末に、この作品と出会い、心を根こそぎ持っていかれたのです。今、読めば、違う感想を持ったかもしれませんが、とにかく当時は、突然の嵐に巻き込まれて、遠い場所まで飛ばされてしまったのです。

だからと言って、質問にあるように、21世紀の今よりも当時の方が良かったのかと言えばそんなことはなくて、昔は昔なりに精一杯生きていたし、すっちゃかめっちゃかだったけれど、きっとそれはそれで幸福だったのだと思います。

そして21世紀の今日においても、相変わらずすっちゃかめっちゃかではありますが、やっぱり僕は幸福だなと心の底から思うのです。

世間とか社会を見渡すと、目を覆いたくなるような壮絶な光景が広がっています。さすがにおめでたい僕でも、こんな混沌とした世の中で良いはずがないと思っています。それくらいは理解しているつもりです。

ですが、そんなカオスの中にあって、なお自分が幸福だと感じられるのは、きっと希望という言葉を今ほど強く感じたことがないからです。

希望は僕に明日も生きるんだという勇気を与えてくれます。孤独と不安に押しつぶされそうな時でも、どうにかこうにか凌いでいけるだけの力を与えてくれます。

僕は単純な楽観主義者ではありません。ポジティブシンキングの持ち主でもありません。ただ、粛々と日々の暮らしを営み、スローライフ・リトルハピネスを切望するだけの、どこにでもいる俗物です。達観もしていなければ解脱もしていません。

もちろん不平不満を言ったらキリがありません。それでも、希望を抱くことができるのは、愛する人がいて、家族がいて、友達がいるから。嵐に根こそぎ持っていかれた精神の塊みたいなものは、今、とても穏やかで、温かみを持っています。

はい、ずいぶんとまわりくどい回答になりましたが、そんなこんなで、20世紀をかろうじて生き延びた僕は、21世紀もかろうじて生き延びています。そして今日もどうにか生き延びる。あなたのために。自分自身のために。だから僕は幸福です。


Leave a Reply

Your email address will not be published.