Plinky

The natural world

Q:あなたの最初の貴重な経験-自然界の中を探求し時間を過ごした-を書いてください。その時、畏怖の念を抱きましたか?あるいはまったく感銘を受けませんでしたか?同じ時を過ごすなら、樹海よりもむしろ都会の方がいいですか?

A:もともと田舎で生まれ育ったので、生活する環境が自然の中という感じでした。ですから、あえて特別な感動を味わうような体験はなかったです。「在る」ことが大前提で、気がついたらすり込まれていた、そんなイメージです。

あ、でも家の裏手にある林の中で、ちょうど太陽の光が差し込み、木々が輝いて見えた瞬間があって、まあ、空気とか温度とか角度とか色々な要素が重なったのだろうけど、その時はいつも見る林が、神々しく見えたことがあります。

樹海か都会、どちらかで生活するのであれば、迷わず樹海を選びます。都会の空気は肌に合いません。樹海の中で、霞だけ食って生きていけたらどれだけいいことか。

都会で生きることの利点は、何をするにも便利であるということ。必要なものはすぐに手に入るし、刺激もたくさんあって、やりたいことがやりやすいということ。

でも便利な生活と心の豊かさは別物で、両方同時に叶えられれば文句はないのだけれど、さすがに世の中そこまで甘くはできていません。というか、この時点で二者択一しか選択肢がないという発想そのものが貧困ですよね。

人生には選択肢が多ければ多いほどいい、と考えることは、最近僕の中では本当にそうなのだろうかとエクスキューズしてしまうのです。選択肢って与えられるものじゃないですよね。自分で見つけ出してくるものですよね。もし、あれもこれもありすぎて困るわというのであれば、それは選択肢ではなくて、ただ誘惑に踊らされているだけだと思うのです。

そして都会にはその誘惑がたくさんあると。大切なことは、どの道を選ぶのか、の前に、どの道を探しだしてくるのかということで、ここを混同してしまうから、わけが分からなくなって袋小路で迷子になってしまうのです。

思考はいつだってシンプルな方がいい。かといって、よくおちいりやすいパターンが、最初からあれかこれかの二つしか選択肢を作らずに、そこで躊躇して、わけの分からない気合みたいなもので強引に答えを導き出そうとしてしまうケース。実はあれもこれもというように選択肢そのものはファジーな状態にしておいて、緩い中で、自分の価値観だったり判断基準だけは研ぎ澄ませておく。そうすれば選択肢がファジーでも、よりベターなものを選ぶことができるのではないでしょうか。

問題の趣旨から離れてきたな。まあこれもいつものパターンですね。田舎で暮らしていても迷うことはたくさんあります。空の恵みとか大地の恩恵なんて言い出すと、スピリチュアルなイメージになってしまいますけど、何が正しくて何が間違っているのかなんて、結局時間が経ってみないと分からないわけで、だったら、選択したその道で、まずは最善を尽くす方がよっぽど建設的だということです。お天道様はいつだって見ていてくれますよ。


Leave a Reply

Your email address will not be published.