Plinky

We can be taught

Q:あなたが大切にしている瞬間あるいは出来事-それが必ずしも幸福を運んできたからというわけではなく、あなた自身について何かをもたらしたもの-を話してください。

A:人が人を想う気持ち。

ここのところ、身辺がバタバタとしてなかなか落ち着かない日々が続いています。そういう時に限って、やれ転機だの、やれ分岐点だのと、容赦なく無理難題がふりかかってきます。それらを絶好のチャンスだと捉えるか脳みそパンクするぜと受け止めるか、その違いだけで、人生、どうにでも転がっていくのですが、心の中に、たった一つだけでいいからブレない軸みたいなものがあればいいなと思います。

僕にとって、それはやっぱりfor youの精神であって、つまるところ、君を想ふということになるのです。想ふという次元じゃないですな。「やわ肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」ってな勢いです。(恥ずかしいので口語訳は載せません)

想ふだけなら自由です。想像力の下では、みな平等です。ここのフックにガチっとロックがかかっていれば、大抵のことはどうにかなるんじゃないかと思えるのです。ただ残念なことは、想像力だけでは空腹は満たされないんですけどね。

「生きる」ということを物心両面から考えた場合、天秤をどちらに傾けるのかによって、その人の立ち位置が変わってきます。たとえば仕事だから、という理由だけでは、僕は割り切ることができないんです。そこに、きちんとした意義を見い出せないと、心の底から惚れることが不可能で、当然、惚れていないものに精力を注げばいつか必ずその反動がやってきます。世間ではこういう人間を、社会不適合者と呼びます。

この歳にもなってそんなことで悩んでいるのだから、オメデタイ奴ですよ、本当に。

じゃあ精神世界にどっぷり浸かるのかと言えば、まだそこまで信じるに足る世界を見ていないので、(嗚呼、なんて天邪鬼!)向こう側の世界に行くこともできないのです。

結局のところ、自分で自分に言い訳をたくさん作って逃げているだけなんでしょう。夢があるなら期限をつけて目標に変えればいいのです。ただその過程で、一度大失敗をやらかしているから、心のどこかでビビっているのかもしれません。もちろん当時と今では置かれている環境も違いますし。

…なんだか愚痴っぽくなってきたので止めます。

最初に戻って、こんなにグダグダしていても、現実と自分を結び付けている何か。それが君を想ふということであり、ここの軸さえブレない限り、大抵のことはどうにかなるだろうと思っている自分がオメデタ過ぎて、やっぱり笑えない。

というまとまりのないオチでした。

(補足)あれね、プライベートに突っ込んだ話になると、途端に支離滅裂になりますな。悪い癖だ。とは全く思っていないんですけど。


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