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Q:もし、遊牧民的生活を送れるとしたら、どうしますか?どこへ行きますか?どのように決めますか?“故郷”のない生活はどんなものになるでしょうか?

A:恐らく、自分の前世はモンゴル人だったんじゃないかと思うほど、青い空と大草原に惹かれています。だから遊牧民的生活もなんなく受け入れるでしょう。目的地はどこだっていいのです。それは風と太陽が決めてくれるから。初めから“故郷”を持っていないのならば、そこに囚われる心配はないと思います。

遊牧民というと、自由気ままに生きている。そんなイメージを持たれるかもしれませんが、ここで僕が言う遊牧民とは、そのイメージからちょっと離れます。

いくつになっても、遊牧民のような気持ちは忘れないようにしたいと思います。それは好き勝手に生きるということではなく、あくまでも自由の風に吹かれていたいということです。遊牧民だって好き勝手に生きているわけではありませんから。

比喩的に人生を旅に例える人がいますが、もしそうであるならば、たとえ一所に腰を落ちつかせようとも、心の羽は折りたたまないように気をつけます。羽ばたいてどこかへ飛んでいってしまうのではなく、我が身と我が心で、いつも風を浴びている状態を保つこと。それが生きている証になるからです。
物心ついた時から旅をしていれば、故郷という概念はまた違ったものになるのでしょうが、僕には現実的に故郷がありますから、今からこの事実を忘れ去ることはできません。

故郷とは、物理的な場所や空間のことではなくて、あくまでも心のより所として存在していればいいのではないでしょうか。僕は栃木で生まれ、栃木で育ったので、これはもうどんなにあがいても覆すことはできません。北関東の小さな町が僕の故郷です。けれど、それが足かせになることはないし、変にこだわる必要もありません。

常識にとらわれ過ぎず、かといって非常識に振る舞うのでもなく、死んで大地へ帰るその時まで、もういいやとあきらめないこと。恋をして、結婚して、家族を持ったとしたら、きちんと大きな愛という風呂敷で包んであげること。その風呂敷を大切に抱きかかえながら、好奇心と少しばかりの野心を忘れないこと。そのためには歩みを止めないこと。それが僕の考える遊牧民的生活です。


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