落語

首提灯(くびちょうちん)

$こうたろう.com

先日、久しぶりの友人たちと飲んで
あまりの楽しさに終電を逃してしまいまして
(乗換駅を寝過ごして通り過ぎてしまったわけです)
仕方なく、知らない夜の街をブラブラとしてネットカフェを探していた時
「3000円でイイヨウ」と、東南アジア系の客引きのお姉さんに捕まりました。

「3000円モッテナイヨウ」と断るも
「ソンナコトナイデショウ」と食い下がるお姉さん。

半ば自棄になっていたので、思わず「お願いします」と言いそうになりましたが
そこはなんとか理性が勝ちまして、どうにかこうにか逃げてきました。

そんなことを繰り返すこと数回。
目の前にはネットカフェではなく、カプセルホテルがありました。
外観からして中身は推して量るべきだったのですが、ネットカフェより安かったため
人生初のカプセルホテル泊まりをしてきました。

あれ、ちょっと怖いね。
慣れているせいか、ネットカフェの方が安心できますね。

まあ、そんな余談はいいとして。

人間、調子に乗るとロクなことがないというお話しです。
別に調子に乗っていたわけではないのですが
気の流れというか、時流みたいなものに乗り損ねている感が
この週末はありました。

翌日もね、帰りの電車が、落雷の影響で3時間ストップしたままでしたしね。
ほうほうのていで家に帰れば、鍵がかかっていて中に入れなかったですしね。
(結局ベルを連打して、家の人を起こしてしまったわけですが)

ツキがない時は何をやってもダメなんだなということを
まるでアニメを見ているかのように体現しているアラフォー。これ如何に。

激務から解放された安堵感みたいなものは、確かにあったのかもしれません。
決めるまでには、ものすごく時間がかかるけど
一度決断したら、即行動に移しますから。

で、もちろん決断するまでの過程では、様々な葛藤があって
挫折や敗北感みたいなものから、それでもプラスに捉えなくちゃという気持ちと
グルグルぐるぐる渦巻いているわけです。こう見えても。

だから、この噺の主人公のように、てやんでい、べらんめいで押し通せるほど
無神経でもなければ傍若無人でもないのです。
ある意味、その図太さを見習うべきかと思わなくもないですが…

たとえば、こうしてブログを書いていても思うのですが
ネット上とはいえ、むしろ形に残るという意味ではより神経を使うべきで
自分の言動にはきちんと責任を持つべきだし
どこかで誰かを幸せにできたとしても、
その反対側では不幸になっている人がいるかもしれないという危惧はあると。

だから言葉一つ選ぶのも慎重になりますよ。
だって、首を切られてからじゃ遅いですから。

と、いつものようにまとまりもなく書いていますけど
これだって、次の選挙で某政党の公約が通ってしまえば
発言の自由すら奪われてしまうわけですし。
そういう人たちって、首切られてもその事実に気がつかないから
平気で政治家できるんだろうなあ。

だって、総辞職した当の本人が、次の内閣で閣僚にいるとかあり得ませんから。

怖い怖い。


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