Plinky

Ballerina Astronaut Fireman Moviestar

Q:10歳の時、大きくなったら何になりたかったですか?今は何をしていますか?両者に接点はありますか?

A:よく憶えていないのだけど、もしかしたら牧場で働きたいと思っていたのが10歳の頃かも知れません。山の中で緑と風に包まれて生活したいと本気で考えていた時期があります。これは完全に「北の国から」の影響なんですけど。

さて、現在は、プー太郎なので、両者の間に接点はありません。もしこじつけるなら、今でも自然の中で生活したいという願望はあるし、大地の恵みを味わいたいとも思っています。

父親が教師だったせいか、自分も学校の先生になりたいと思っていたこともあります。その他には、発明家、科学者、冒険家、武闘家などなど…もはや職業ではないな。

ざっと書き並べてみると、理系の分野が目立ちます。あ、確か中学の時に、理科の先生に「ニトログリセリン」の作り方を尋ねたら、「お前なら本当にやりかねないからダメだ」と注意されたこともありました。ところが算数が苦手で、数学が嫌いになった時点で、これらの夢はあえなく潰えました。

冒険家とか武闘家って、単純に映画やドラマの世界に浸ったからだと思われます。ジャッキー・チェンとか、幽玄道士とか、グニーズとか。

さて、じゃあ何故に芝居の道へ進んだのか。これ、よく質問を受けるのですが、本当に心当たりがないのです。本を読むことは好きだったけど、モノを書くなんて、数学の次に嫌いだったんです。読書感想文の宿題なんてファッキン野郎と思っていましたし。

そもそも学校の勉強に興味を持てなかったことが、ことの始まりかもしれません。好きな科目と嫌いな科目の差は歴然としていたし、好きな科目にしたって、教科書からは何も面白味を感じずに、完全に自学自習に没頭していました。

中学3年の夏の三者面談の時に、「高校へは進学したくない」と発言して、母親と担任が唖然としたことがあります。「高校へ行かずに何をするのか?」という質問に「そうさなあ、どさまわりの劇団にでも入りますかいのう」と答えたことが最初だったかもしれません。別に龍馬の口調で答えたわけではありませんが。

違う。

中学校に入学する時に、確か「劇団ひまわり」に入りたいと言ったんだ。その時は劇団と言えばひまわりという知識しかなかったから。で、議論の余地なく却下されて、三年後の三者面談の時まで、芝居の「し」の字も思いつかなかったというのに。

結局は高校へ進学したのですけど、やっぱり学校の勉強は好きになれなくて、あっという間に時間が流れ、大学受験を真剣に考なくてはならなくて、その時は「MASTERキートン」がバイブルだったから、考古学の世界へ進もうと思っていてのだけれど、何気なく資料をめくった時に、母校になった大学に「演劇学」という文字を見つけて、そこでまたもやキラリンと何かが光って、その学科を第一志望にしたのでした。

受験の結果、合格した大学は「芸術学科・映像コース」と「演劇学」の二つだけ。考古学系はすべて落第。わははは。で、「演劇学」のある大学を選んだんです。もし、映像系の大学を選択していたなら、映画にはまっていたと思います。

大学に入学してから先のことは、言わずもがな。どっぷりと演劇サークルに身も心も捧げ、ひたすら芝居漬けの毎日を送り、就職もせず、養成所まで通い、紆余曲折を経て現在に至ります。

僕の性格からすると、夢中になれる何かがあれば、それできっと満足なんだと思います。たまたま夢中になったのが芝居だっただけで。もし数学が得意科目だったなら、ガンダムを作ることに躍起になっていただろうし、法律を極めたいと開眼していたなら、司法試験を受けようとしただろうし。

そう。

大切なことは、夢中になれる何か。それが僕の行動指針です。人も仕事も趣味の世界も、どっぷりと浸ってしまうという意味では、ありがたい資質を持っているし、その分のしわ寄せが、現実的な生活力をマイナスにしているのかもしれないです。

でもね。

やりたいことがあって、少なからず続けられていることには、感謝の気持ちでいっぱいだし、やっぱり幸福なことだと思っています。どうせやるなら自分の限界を知りたいし、その限界を超えてみたいじゃないですか。好きな相手には、振り向いてもらいたいし、とびっきりの愛情を捧げたいじゃないですか。

ということで、なんとなくキレイにオチがついたところで、続きはまたの機会に。


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