落語

猫久(ねこきゅう)

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男の「やせ我慢の美学」なんて言葉はとっくに忘れ去られているのでしょうか。

少なくとも昭和時代までは残っていた気がしています。
寺内貫太郎一家なんて、その典型ですもんね。

居間がリビングに変わり
ちゃぶ台がテーブルに変わった頃から
恐らく父親の役割りも微妙にズレてきたのかもしれません。

一家の長が、出勤時にゴミを出すなんて、今や当たり前かもしれませんが
そういえば、そんな姿を見るなんてここ20年くらい前からですよ。

男が弱くなったのか。
女が強くなったのか。

それでもね、つい先日のブログでも書きましたが
見栄を張り、意地を通すのが男ってもんで
やっぱりどこか不器用な姿に哀愁が漂うんですなあ。

今夜はそんなぶきっちょな父親の物語です。
ミニシナリオのお題は「テーブル」でした。
では、どうぞ。

「ごあいさつ」

作・清水功太郎

登場人物
・竹井 誠(32)…市の臨時職員。
・平栗美紀(30)…誠の恋人。
・平栗 修(63)…美紀の父親。
・平栗明美(59)…美紀の母親。

○ 平栗家・リビング(夜)
  八月中旬。
  一戸建ての持家。
  リビングのテーブル席には、スーツを着た誠と、その隣に美紀が座っている。
  向かいの席に、修。
  修は、誠と美紀が来る前からすでに酔っている。
  明美、キッチンから冷えたビールとグラスを四つ運んでくると、また戻って行く。

修「いやー、暑い。暑いなあ。うん、暑い」

  と言って、自分のグラスにビールを注ごうとする。

誠「あ、お注ぎします」
修「いいよ、いいよ、無礼講でいこうよ、今夜はさ」

  と、グラスになみなみと注ぐと、ビールが溢れてしまう。

美紀「ああ、もう。(キッチンに向かって)お母さん、おしぼり」
明美の声「はーい」
修「ささ、君も。ほれ、コップ」
誠「恐れ入ります」

  と、グラスを差し出す誠。

美紀「だから、誠君はお酒ダメなんだって」
修「なに?」
誠「一杯くらいなら」
美紀「無理しないの。それに車でしょ」
誠「そうだけど……」
修「そっかあ。ダメかあ。こんな日はビールに限るんだけどなあ。そっかあ」
誠「すいません」
修「(キッチンに向かって)母さん。お客さんにはお茶だ。とびきり熱くて渋いやつ」
明美の声「はーい」
美紀「(キッチンに向かって)熱くなくていいからね。普通に麦茶でいいからね」
明美の声「はーい」
修「で、なんだ……その……君は……」
誠「誠です。竹井誠と申します」
修「マコトのマコトは、マコトのマコトでいいのかな」
誠「はい……多分、そのマコトです」
修「では君は……新撰組で例えるなら、誰に似ているんだ?」
誠「えっ? 新撰組……ですか?」
修「誠の御旗を背負っているんだろ」
美紀「背負っていません。なにその質問」
誠「……斉藤一とか、好きですけど……」
修「斉藤だとぅ!」
誠「すいません!」
加代「お父さん! (キッチンに向かって)ねえ、お母さん、早くこっちに来てよ」
明美の声「はーい」
美紀「ごめんね、誠君」
誠「(小声で)大丈夫」
修「で、その斉藤君は……」
美紀「竹井さん」
修「竹井さんは、今日は、いったいどのような用件で我が家へ?」
美紀「お父さん」
誠「あ、えっとですね……実は、その、美紀さんと……」
修「(大きなくしゃみをする)」
誠「お嬢さんと……結婚を前提に……」
修「(キッチンに向かって)母さん、お茶はまだか?」

  明美、布巾と枝豆を持って出てくる。

明美「今、お湯を沸かしていますから。これ、どうぞ」
誠「あ、すいません。お気遣いなく」

 明美、枝豆を修の前へ。布巾を誠の前へ置く。

誠「……」

 誠、一瞬躊躇した後、慌ててテーブルの上のこぼれたビールを拭きだす。

美紀「ちょっと、誠君」
誠「オッケー、オッケー」
美紀「もう。ね、お母さんも座って。お願いだから、ちゃんと話を聞いて」
明美「はい、はい、はいこらしょっと」

  明美、ようやく向かいの席に座る。
  しばらく誰も口を開かない。
  やがて、キッチンのやかんから、お湯が沸いた音が聞こえてくる。
  その音、次第に大きくなっていく。
  
            終わり


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