故事成語

木に縁りて魚を求む(きによりてうおをもとむ)

$こうたろう.com

以前、シナリオスクールのゼミで
SNSをお題にした、ミニプロットを書いたことがあります。

その時の企画意図がこちら。
「虚虚実実のバーチャルの世界で知り合った2人は、現実の世界で、どこまで本当の自分をさらけだせるのか。30年ぶりに再会した初恋の相手は、なんと追っかけをしている現役アイドルのママだった!」

実際のシナリオには起こしていないのですが
何となくログラインも気に入っているので
いつか本作としてチャレンジしてみてようかなと思っています。

ぶっちゃけ、ネットの世界では何でもありです。
法の目をかいくぐることなんてザラだし
いかようにも自分を演じることができます。

だから、手段を間違えると
予期せぬ方向へ流れていってしまう可能性があります。
そうなると収拾がつかなくなって、嘘の上塗りを繰り返し
やがてその重荷に耐えられなくなり破綻すると。

バーチャルの世界ですから、消えていなくなることも簡単にできます。
そしてまた別の誰かになりすまして、シレっと復活している。
そんな人って実は結構多いのではないかという気がしています。
ゆえに、現実の世界より、モラルを大切にして欲しいなあと思うのです。

現実の世界で果たせぬ願望を、仮想現実の世界で実現させたい。
その気持ちはよく分かります。

普段は寡黙な人が、ネットの世界だと雄弁に物語っている。
そのこと自体が悪いというのではなく
物語った言葉に対して責任を持ってほしいのです。

一連の、飲食店での若者の暴走写真とか
悪意に満ちたコメントや投稿を読むと、本当にげんなりします。

ここまでネットの世界が広がってくると
何が現実で何が仮想現実なのか、その境界線すら曖昧になってきます。
あるいは、そんな境界線なんかとっくの昔に壊れていて
今では、もう一つの新しい世界として、完全に確立されているのかもしれません。

僕個人のネット歴は長い方だと思います。

まだ、ADSLすらなくて、電話回線を使っていた時代から始めてますから
その時代に比べれば、この20年間での進歩は目覚ましいものがあります。

新しい世界が広がって、不可能だと思えたことが可能になった。
たとえば、僕がブログを書いて、少なからず読んでくれる人がいて
お互いに顔が見えなくても、そこはかとなく通じるものができる。

もはやこういった関係性を否定することはできません。
だからこそ問われるモラルの問題。

目的と手段が逆になってしまうと、手痛いしっぺ返しをくらいます。

年齢も性別も距離も肌の色も越えて、せっかく出会えたんだから
どうかその出会いが素敵なものになってほしいと思うしだいです。


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