雑記

hope

えっと…何度も登場してすいません。

ほんとにこれで終わりにします。
なんか、あれですね。
引退時期を逃したスポーツ選手みたいですね。

そんなにかっこよくないか。

でも思ったんですよ、昨夜、プロ野球の日本シリーズを見ていて。アンチジャイアンツなので、必然的に楽天を応援していたんですけど、というか、そもそも野球には普段これっぽっちも興味がないんですけど、楽天が勝てば東北地方に活気が出るとか勇気を与えるとか、それはまあ事実だし、まったくもってケチをつけるつもりはないんですけど、僕は単純に、スポーツは金じゃないってところを見たかっただけで、でも楽天も何気に金持ち球団で、少しはヴィッセル神戸にも回せよと思ったりしつつ、ある一人のピッチャーが若くして伝説みたいな存在になってしまって、彼の人生を考えた時に、前日負けておいてよかったなと。いやでも負けたからこそ、昨日最終戦の最終回に出てきて伝説になってしまったわけで、これからの人生どうなるのかなと余計な心配をしていた矢先にですね、別の場所でも小さな小さなドラマが生まれておりまして、これがもう楽天の初優勝と重なったものだから、この先一生忘れないだろうというドラマが生まれまして、この先どうやって彼も生きていくのかなって余計な心配をしたところから、この物語は始まるのです。始まって終わるのです。終わらせるために始めたドラマですから。

人が溺れる時って、どうしてみんな沈んでいくのだろう。それは引力に引かれているからなのだろうか。もちろん科学的根拠はあるのだから調べれば一発で答えは分かる。けれど僕が言いたいのは科学的根拠なんかじゃなくて、あの、すーっと沈んで行く瞬間、水面が遠のいていく瞬間、太陽だけがやけに眩しくて、もがいてももがいても、すーっと沈んでいく瞬間に人は何を考えるのだろうってこと。でも多分苦しいってことだけなんだと思う。苦しいよってことだけが事実として残る。あとは太陽の光だけがやけに眩しくて、それも意識が遠のいていくにつれ、次第に暗闇に変わり、プチッと真っ暗になった瞬間が、人としてのすべての機能が停止した状態。つまりおっちんだわけだ。で、ここからが不思議なんだけど、おっちんだ体はまた浮上してくる。どざえもんは川原に浮いている。もちろん科学的根拠で立証されていることなんだけど、そんなことはどうでもよくて、おっちんでどざえもんになると、ぷっくり浮いてくるのはあれか、発見して欲しいという最後の抵抗なのか。それともどざえもんという存在が、水という空間に相応しくないために排除されているだけなのか。いやだな、どざえもん。だって水死体ってまともに見ることできないんでしょ。見るも無残な姿で発見されるんでしょ。死に際くらいかっこよく散りたいじゃない。でも全身を強く打って、というアナウンスは、イコール全身バラバラですよってことだし、頭を強く打って、というアナウンスは、頭がい骨がぐちゃぐちゃですよってことだから、やっぱり美しく死ぬって無理があるんだ。病院のベッドで死んだって、全身の穴という穴が開いて、排泄物から汗から正体不明の汁まで全部流れ出るわけでしょ。死体は美しくないんだよ全然。ただの肉の塊りなんだよ。ということを僕は経験的に理解しているわけで、今まさに自分がその姿に成り果てようとは、実にお恥ずかしい限りなんだけれど、抗うことはできなくて、後処理をしてくれる関係者に、死んでまでご迷惑をおかけして申し訳ありませんと死ぬ前に謝っておこうかなって考えるくらいは、沈みながらでもできるだろうと想像するのだけど、いっそ、どざえもんになって発見されるくらいなら、そのまま深く深く地球の中心にできるだけ近くまで沈んでいってそのまま朽ちて深海魚の餌になれって思っちゃう。そうすれば、食物連鎖の役に立つことはできるんじゃないか。誰にも迷惑をかけずに、むしろ感謝される死に際ってやつが出来るんじゃないだろうか。これまでの人生を走馬灯のように思い出すのではなく、むしろこれからの人生を馬車馬の如く考えるんだろうな、人は。死ぬ間際に。

肉体の死と精神の死、脳死とか植物状態とかだから科学的根拠はどうでもよくて、魂が死ねば残念ながらご臨終ですよ。と、するならば、魂が溺れていくっていうことは、それこそ恋に溺れるでもいいし、夢に溺れるでもいいし、なんでもいいから無我夢中になるものがあって、その無我夢中の間は、本人は気づいているのかいないのか、水の中でボガボガもがいているのと同じことなわけですよ。必死に酸素を求めて浮上しようと手足をばたつかせてみるのだけれど、引力に逆らうことができなくて、肉体は沈み続ける。魂だけが浮上しようとあがいている。ここに乖離が生まれるのだけれど、現実問題として溺れている時点で終わりでしょと。助かる可能性はもちろんあるよ。でもね、生還したところでそれはもう別の世界の自分であって、もがいて必死にもがいて憧れて夢破れた自分とは別人になっていますよと。生き残りたければ泳ぐしかない。この世は海に似ている。溺れたくなければ泳ぐしかない。僕の中の深呼吸なんて言葉があるけど、あれはまさに呼吸する肉体と呼吸する魂が別物になっているってことだから。もう呼吸できないんだよ、溺れた時点で。分かるかな。太陽の光だけがやけに眩しくて、あとはもがき苦しみ沈んでいくしかないんだよ。沈んでいく瞬間、それはきっと孤独な自分と似ている。東北の地で一人の若者が伝説になった夜、彼は孤独という毒を飲み干した。そして呼吸することを止めた。願わくば、どざえもんではなくて、深海魚の餌になれって思いながら。


4 Comments

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    ん~
    私は あまり頭が良い方ではないので (国語が超苦手でした^^)、書かれている文章が難しすぎて、50%? (いや・・40%かも・・(汗)) くらいしか理解が出来ていないのですが・・
    出来たら、今回で最後・・ とは言わずに、もっと分かりやすくしたものを 次回に書いてもらいたいです。^^ リクエストです☆
    それに、何度も読み返してみて思ったのですが、
    その溺れている時は、近くには他に誰も居ないのですか?
    側を通りかかる人も居ないのかなあ?
    きっと、海やプールには ライフセーバーも居るだろうから、そんな、誰にも見つからずに こっそり泳がない限りは、溺れても 誰かが助けに来てくれるはずですよ。
    それに一人で泳ぐなんて・・ そんなの寂しいじゃないですかぁ。
    そういう時は、誰かを誘って 一緒に泳ぐと良いですよ。 すると、楽しくなりますからね☆
    それと、一人で泳ぐ時は かなりリスクがあるので、やはり 誰かが近くに居るとか、誰かが見ている所で泳ぐようにして下さい。 その方が事故も無く、安全ですからね。
    一人で行動するのは スリルもあるし、いろんな経験も出来るけれど、行った先では (海・川・湖) 一人だけでは寂しいし、たった一人では、せっかくの素敵な場所でも、そこで味わう感動が半減してしまいます。 やはり 何でもそうですが、誰かと 共感したいじゃないですかあ。 なので、そこで 誰かに声をかけるようにするとよいと思いますよ。(*^_^*) 今度、是非 試してみて下さいね。

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    >もも(リコ)さん
    こんばんは。
    大丈夫です。文章が難しいのではなくて、文章が拙いだけです。
    下手っぴの書いた文章なので理解できなくて当然です。
    うーんと、そうですね…あれだ!
    あの福山雅治さんのTVのCM、あの海をイメージしてください。
    あの海で一人で泳いでいるイメージです。
    人生ってやつは、まずは自分の足で立つということが大前提としてあると思うのです。
    そのためにも、足のつくプールではなく
    大海原に出ないとダメなんです。
    でもそこで、もも(リコ)さんの言う通り
    声をかける誰かに出会えて、楽しい時間を過ごせるといいですね。
    今度、やってみます。

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    レグザのCМのことですかね?
    夢がつまってそうな感じに キラキラして、とてもキレイな海です。。 しかも海水が透き通っているので、石灰質な海底まで透けて見えますね。
    ここは足がつかないのかな? 
    そうですかあ。 では、どうしても 一人で大海原に出ることに、意味があるのですね☆
    それでは、泳ぎの練習をしないと、人生を乗り越えるのは 結構大変な感じがします。
    人生って、なんだか ほろ苦いですね。(*^_^*)
    こうたろうさんが、大海原で したいと思うこと。 応援しています。
    どうぞ、存分に海の上で あばれてきて下さい。
    そして、疲れたら 読者の為に また戻って来て下さいね。 みんな待っていると思います。

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    >もも(リコ)さん
    こんばんは。
    これでも一応、バタフライまで泳げるのですぞ(^_^)v
    ってそういう意味じゃないですね。
    人生はほろ苦いです。
    スイートビターです。
    僕は一体大海原で何がしたいのだろう。
    ほんと、もも(リコ)さんをはじめ、読者の皆様には感謝の言葉しかありません。

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