シナリオ

新作長編シナリオ「足元のカメはいつか笑う(仮)」企画意図

「絆」という言葉に代表されるような人と人の「コミュニケーション」について考えます。この「絆」という言葉は、東日本大震災以後頻繁に使われるようになりました。協調だとか和を尊ぶ実に日本人らしい発想です。ただ僕の記憶に間違いがなければ、震災直後民放各局のテレビCMは、「繋がり」を強調した公共広告機構のものが垂れ流しにされていました。しかしこれが非常に不評でたくさんの非難を浴びました。リアルタイムで瓦礫の下敷きになっている人がいるかもしれない。津波に飲まれてまだ発見されていない人もいる。ガソリンスタンドからガソリンが消え、計画停電も実施された。そんな状況の中で、ACの宣伝文句はただのキレイごとにしか映らなかったのです。

ところが、ようやく現実に目を向け始め、どうにかして立ち上がろうとした時に、全員の共通認識としての旗印が求められました。その役割の一つになったものが「絆」という言葉です。ちなみに9.11直後のアメリカは、「打倒テロ」でした。(僕には「目には目を」としか思えなかったんですけど)。

話を戻します。これも実に日本人らしい発想なのですが、この旗印が最近では本来の意味を離れ、美化された部分だけが一人歩きしているように思います。「絆」とつけておけば、何でもかんでも美談になってしまうような風潮を感じるのです。当然今でも震災の爪痕は激しく残っているし、福島の原発の問題も含めて、まだまだ問題は山積しています。誤解を恐れず言えば、震災のおかげで得をした人だっているでしょう。それらの諸問題をひとくくりの美
談に変えて、感動させます泣かせますという「お約束」にしてしまうことに強い違和感を感じるのです。

事実を風化させないために、様々なジャンルの人たちが、様々な表現方法を用いて情報を発信しています。それは決して美しい物語などではなく、胸を突き刺す痛みを伴った物語です。これらの物語は、阪神淡路大震災と、オウム真理教の事件が同時期に起こったあとに訪れた、日本における安全神話崩壊の物語と呼応します。天災と人災によってもたらされた、未だに癒えぬ物語です。

さて、現在では、SNSの爆発的普及によって、誰もが簡単にネット上で自己発信できるようになりました。それは同時に、ここではないどこか、あなたではない誰かと必死に繋がろうとしているようにも見えます。「わかりあえない」ことを避けて、「わかりあえる」と錯覚してしまう幻のコミュニケーションを取ることで、安心を手に入れようとしている気がするのです。けれどその安心は一過性のものでしかなく、非常に微弱です。微弱さゆえにお手軽で、いつでもどこでも誰とでも、という誤解を生みだします。そこには「世界に一つだけの花」と謳いながら、「いい人を演じる自分」に疲れ、「本当の自分探し」をしたいという願望があるのかもしれません。
では「本当の自分」とは一体何でしょう。人間は役割りを演じる生き物です。自分の置かれた立場と環境が、その人の行動指針を決めると思っています。その役割を取っ払って、素の自分になることは、出家して悟りでも開かない限り不可能です。たとえば、結婚して子どものいる男性なら、夫であり父親であり社会的地位があり、そしてまた子どもでもあります。ですから誤解の総体こそが真実という言葉は、あながち間違ってはいないと思うのです。「心からわかりあえること」をコミュニケーションの目的と考える前に、まずは「わかりあえないこと」を前提に、わかりあえる部分を探して共有していくことが必要なんじゃないかと思うのです。

当たり前の日常が、ある日突然当り前でなくなるかもしれない。ということを僕たちは経験的に知っています。だから明日はきっと来る、なんて言葉を盲目的に信じることはできないけれど、それでもどうにか生き延びようともがいている。抱えきれない不安と、押し殺せない孤独にくじけそうになりながら、それでもどっこい生きている。そんな人間模様を、ハイテンションなうねりと疾走感に乗って描きます。


2 Comments

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    私の場合は、阪神大震災にあった方たちの
    色々な人生を見聞きして、当時 とても考えさせられましたね。
    ある女性は、震災で婚約者を亡くし、住む家もお金も無くし・・ 
    東京に逃れて、風俗嬢になりました。
    ある女性は、旦那に愛人がいるのをずっと前から知ってはいましたが、子供たちのために旦那の心がいつかは自分たちのもとに戻ってくるのをずっと待っていました。 しかし震災が起こり、そんな中なのに旦那が一番に家に駆けつけてくれなかったことで、小学校の避難所に子供達と避難を続ける中、子供達を連れて 離婚する事を固く決意しました。 その後、旦那は離婚にかなり抵抗をして、裁判でやっと離婚が成立しました。
    ある女性は、震災で命を救われ 小学校に避難した後、大阪に逃れてきましたが。
    6年前に 些細なことで、ある男性の会社のまん前にある陸橋に紐を結んで、それに首をかけて亡くなりました。
    色んな人の人生があります。 震災で生き残った人の数だけ、色んなドラマがありました。
    あの震災さえ無ければ・・ と 誰もが言っていましたね。。
    今回のテーマ、頑張って書いて下さいね。(*^_^*)

  2. SECRET: 0
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    >もも(リコ)さん
    こんばんは。
    被災に遭われた方々には、本当に言葉にならない想いがあります。
    自分も東日本大震災の時に、あと15分避難が遅れていたら、倒壊した建物の下敷きになっていた可能性がありました。
    運命という言葉で片付けるには残酷すぎますね。
    シナリオの中に、震災の話はまったく出てきませんが、一応、物書きのはしくれとして、絶対に忘れちゃいけないテーマだと思っています。

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