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stand out

$こうたろ.com
:The white cat stood out from the others.
:His red shirt stand out in a crowd.

人は、誰でも表現欲というものがあって
例えば僕がシナリオ書いたり、ブログを書いたりしているのも
文字に起こすことで「ワタシ」という人間を表現してるからです。

それが、歌だったり写真だったり、まあ何でもいいんですけど
インターネットが爆発的に普及したのは
エッチな動画とこの表現欲のせいじゃないかと思ったりもしています。

だって、どこの誰が読むか分からない日記を公にしているわけじゃないですか。
一昔前なら、絶対に考えられないことですよね。

そしてそれらをお互いに交換しあうことで
物理的に会えなくても、情報を共有し、繋がっていると信じ込む。

朋あり遠方より来る。
とかね。

好きな人に、自分を理解してほしいと願うことも、立派な表現欲です。
あの人のハートを射止めるために必死になって自己アピールするでしょ。
お化粧したり、身なりを整えたりとか。

これがプライベートのレベルで行われているのなら、さほど問題ではないのですが
芸術を生業にしようと考える人たちにとっては、アピールは死活問題になります。

だって、人と同じことをしていたのでは、いつまでたっても道は開けないので
どうにかして目立つ方法を模索し、人と違う方法で表現しなければならない。

そしてここが日本人のいやらしいと思うところなのですが
持ち上げるだけ持ち上げて、最後は叩く、みたいな風習があるじゃないですか。

特に芸能界なんかは、その最たる例ですよね。
今、TVにCMに引っ張りだこの、あの人気子役でさえ
いつか叩かれる日が来るかもしれない。

大人の勝手な都合で振り回しておいて、最後はポイ捨てされるかもしれない。
その時、その子役たちの気持ちを受け止める受け皿はあるのでしょうか。

話は変わりますが
子どもの情操教育の過程において
他人と競い合うことは、ある程度必要なことだと思っています。

なんでもかんでも、個性個性でまっ平らにするにはまた別の話で。
ナンバーワンよりオンリーワンという言葉が一人歩きしているように思えるのです。

個性なんて放っておいても出るものだし、放っておいて出るのが個性です。
ゆとり教育が失敗したのは(と断言しちゃいましたけど)
そこをはき違えていたからだと思うのです。

某予備校のCM、あれ、見ているとなぜか腹が立つのですが
(関係者の方、すいません)

それでもあながち外れてはいないかな、とも考えたり。
だって大学の入試システムが変わらない限り
恐らく日本の詰め込み、暗記の勉強方法は変わらないでしょう。

学生真っ只中の頃は、そのシステムに矛盾を感じていたこともありましたが
今にして思えば、ある程度はやむを得ないのかなとも思うようになりました。
学歴社会は、未だなお存在しているわけだし。

もちろん学歴が人生において必要条件だとは微塵も思っていませんが
知る権利があるのというならば、勉強しておいて損することはないかな、と。

当然、勉強は何歳になってもできるものだから
あなたが今、学生じゃないとしても、遅すぎるということはありません。

大切なことは
じゃあ、いつやるの?今でしょ。
そんな向上心です。

競い合うことでしか得られないものがある、というのもまた事実なのです。

そこを踏まえてのオンリーワンになれたら、とっても素敵なことではないでしょうか。
他人より抜きんでている人というのは
やっぱりどこかで必死に努力しているのですよ。


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