へんなことわざ

捨てられるのは、一番はじめに生まれた子犬

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我が家のペットにまつわる話を少々。

併せてこの場を借りて供養したいと思います。

えげつない表現が出てくる場合がございますので
ペット愛好家の方は飛ばしてください。

記憶にある最初のペットは、イヌでした。
まだ幼稚園の頃だったと記憶しています。

名前はスージー。
死因⇒老衰。

次もイヌ。
名前はもんた。
小学校低学年の頃でした。
死因⇒交通事故。

インコ2匹。
鳥かごに入れて飼っていました。
死因⇒1匹目は病死。後を追うように2匹目もほどなく病死。

記憶が前後しますが、ウサギを飼っていた時期もありました。
死因⇒近所の野良犬にかみ殺された。

この時点で、婆ちゃんがもう悲しい思いをするのは嫌だと言い
我が家における動物は姿を消しました。
金魚とかいたような気もしますが、いずれも短命でした。

それから約30年の時を経て。
姪っ子が近所の野良猫を拾ってきました。
姉が餌付けし、やがて正式に家族の一員になりました。
名前はミーヤ。
死因⇒病死。

ミーヤ以外のペットは、ご先祖様のお墓に埋葬してあります。
ミーヤだけは、我が家の庭先に埋めました。
どうか、あちら側の世界では、末永く幸せに暮らしてください。

この先、たとえばアイボとか普及する時代が来るのでしょうか。
すでに愛好している人には申し訳ないのですが
血の通っていないペットに愛情がわくとは思えないのです。

もっと言えば、感情のやり取りをできないモノに対して
一方的に感情移入することは困難だと思うのです。
だって、感情のキャッチボールができないのですから。

人間に置き換えてみれば一目瞭然です。
どう頑張っても苦手な人や相性の悪い人っていますよね。
お互いに負の感情しか抱けない人。
あるいは、一方通行の恋とか。

言葉や態度に感情が乗っかって、はじめてこちらも心を動かされるわけです。
こちらも響いて相手も響き返して、それを対話と呼ぶのです。

毎日のように、無意味な会話を繰り返して僕たちは生きています。
でもその中に、たまに血の通った対話があるから
どうにか自我を保つことができるのです。

その一方で
愛着がわくという考え方があるかもしれません。
長年愛用した鉛筆だとか運動靴だとか
捨てるに捨てられないというモノのことです。

消費社会といえど、日本は古来より八百万の神がいると言われるように
万物にはすべて魂が込められているという信仰があります。
そういう意味でのアイボなら、ありなのでしょうか。

うーん、ドラえもんくらいのロボットなら問題ないんですけどね。

じゃあ、鉄腕アトムはどうですか。
原子力がエネルギー源だから、その時点でダメなのかな。


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